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わたしとしたことが迂濶だった。車に引かれそうな女の子助けて自分が引かれるなんて。
ましてや死んでしまったなんて。
どかん、と音がして一瞬で目の前は真っ白になり身体が鉛を付けられてるみたいに重くなった。そして真っ白な世界が徐々に暗くなっていき、ついに何も見えなくなってわたしは意識を手放した。
でもそのわたしの意識が消える瞬間までわたしの腕の中にいた女の子は温かくてごそごそと震えていたから無事だったんだと思う。
ああ、よかったね。あなたは人生まだまだ長いんだからさ、こんなとこで死んでる場合じゃないもんね。

って、わたしはこんなとこでのんびりしゃべってる暇ないんだった。
いや、実はね、わたしの意識が無くなって暫くしてから誰かの声がしたんだよね。それで、頭痛いなあなんて思いながらも耳をすませばあら不思議なことに、わたしを呼んでるの。その時聞こえた声は、「二十四時間だけ別れをあげるよ」とそう言ったわけよ。で、わたしは直感したの。ああ、自分死んだんだなあ。これはきっと神様の声で、いいことしたわたしにご褒美くれたんだなあ、って。
だからわたし、せっかく神様がくれた時間をやり残し無いように使おうと思ってね。
先ずはケーキ屋さんへ行った。そのお店で一番人気ある奴をホールのままフォークで貪った。作りたてのケーキが端っこから消えていくものだからオーナーのおじさんが驚いて泡を吹いてたよ、ごめんなさい。
次は将軍様のお城へ入ってみた。一度でいいからこの国をこんなにした奴の顔を間近で見たかったから。思ったよりいい人そうだったし妹さんも可愛かった。この先良い国になるといいなあ。
それで今度は海へ行ってみた。水に入ってみたけど冷たさは感じなくて、でも変な浮遊感だけはあってなかなか楽しかったので暫く居座ってみた。海ってこんなに青くて綺麗なんだね。生まれかわったら魚になるのもいいかもしれない。
海にも飽きたから、そうだ真選組のみんなにお別れをしなくちゃなあ、と思って屯所へ行ってみた。
非番なのか何なのか近藤さんも土方さんも総悟も退も原田さんもみんな集合してたから、悪戯してやろうと思って座布団を引き抜いてみた。土方さんが思いっきりひっくり返って、それを見てみんなが驚いて総悟は笑って退は土方さんに殴りかかられて、大乱闘。
ここはいつもと変わらず楽しそうだね、そんな雰囲気に水さすのも嫌だからお別れは止めておこうかな。ばいばい。
そして気づいたら空が茜色になっていた。そうか、もう一日が終わるんだなあ。いざ思い残したことをやろうとしたら意外と思いつかなかったや。
もう無いかな、思い残したこと。無いならそろそろ消えるのもいいかもしれない。太陽と一緒に沈んでいくのもいいかもしれない。
そう思って目を閉じた瞬間、そういえばと大切な思い残しを思いだした。
わたしはその人の元へ向かって走った。足なんてないけれど、空を踏みしめるように走った。



「あー、レデイース4始まってんじゃねえかよ。何で神楽いねえんだぁ?アイツいっつも見てなかったか?」
「神楽ちゃんなら姉上と一緒に僕の家にいますよ。今日は泊まるらしいです」
「そういやぁンなこと言ってたかもなぁ」
「じゃあ銀さん、僕ももう帰るんで戸締まりお願いしますね。」
「おー、お疲れさん」

ガラガラと戸が閉まる音の後、銀ちゃんが新八くんに言われた通り戸締まりをしようと玄関に近づいてきた。
パタパタという足音がガタンッという音に変わり銀ちゃんが口をパクパクさせながらわたしを見てきた。

「おま、おまっ、いつからいたんだよオイ!テレポートでもしたのか?何か声かけろよバカヤロー」
「あー……うん。ごめんごめん」
「それより何?こんな時間に。珍しいじゃねーかよ。銀さんに会いたくなっちゃったとか?」

そう言ってニヤニヤとした笑いを見せる銀ちゃんに、うん、と返すと驚いた顔をした。そりゃそうだ、別にわたしと銀ちゃんはそういう関係じゃない。

「思いだしたから、来たんだ。突然来てごめんね。これがわたしの一番大切な思い残しだったからさ」
「は?思い残し?何言ってんだ」
「銀ちゃん……わたし、ずっと銀ちゃんが大好きだよ。強くて優しくてかっこよくて、変態だしたまに…いつもほとんどダメな銀ちゃんが大好きだよ」
「え、ちょっと待って。何で告白しながら俺のこと貶してんのななしチャン?ていうか好きって、えええ」
「本当はねー、もっと銀ちゃんの側にいたかったんだけどなー。後悔してる、うん」
「は、だからそれどういう――」

そこまで言って銀ちゃんは声を詰まらせた。きっとわたしの顔を見たからだろう。ははは、今のわたし汚い顔してるでしょ、涙とか鼻水とかでぐっしゃぐしゃでしょ。笑っていいよ銀ちゃん。
わたしはそう思ったのに、銀ちゃんは笑ってなんかくれなかった。それどころかわたしをぎゅっと抱きしめて、耳元で小さく「どうした」って聞いてきた。
どうもしてないよ銀ちゃん、わたしは元気だよ、だからそんな切ない声出さないでね。わたし笑った銀ちゃんがすごく大好きだからさあ。
居間の向こうから差し込むオレンジの光が少しずつ弱くなっていって、足下から段々と暗くなっていった。そうか、もう陽が沈むのか。
太陽が消えるのと同じようにゆっくりと消えていくわたしを見つめながら、銀ちゃんはこれでもかってくらいに目を見開いて、そしてわたしをさっきよりも強く抱きしめた。だけどその腕から身体から足からサラサラと溶けていく。

「行かせねえからな、ななし!」

銀ちゃんは大きな声で叫んだけど、わたしはもう顔の辺りしか残っていなくて右肩の方から順番に消えていく。
わたし、女の子を助けたこと間違ってたなんて思ってないし、今までの人生に後悔はあっても悔いは無いよ。
だけどそれでも思うことが一つ。

「わたし、もっと銀ちゃんの隣で生きたかったなあ」

サラサラサラ、とわたしがオレンジの光に溶けていった。
銀ちゃんさようなら。
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