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拝啓 沖田総悟様
お元気ですか、私は元気です。武州のこの村はやはり春になるととても桜が綺麗で、この花を見る度に総悟さんのことを思い出します。頑張り屋の総悟さんはきっと江戸で大活躍しているのだと信じております。時折こんな田舎にも真選組の噂は届くのですよ、先日は江戸の重要文化財をバズーカで破壊したなんてことも聞きました。悪戯が好きなのは相変わらずのようですね、安心しました。
今度、私も江戸の方へ遊びに行こうと考えております。その時はまた江戸の街案内をしてくださいね。
敬具


こんな手紙が届いたのはもう数ヶ月も前のことになる。マイペースというか何というかそういう奴だとは分かっていたけど、今度って言ってからどんだけの日にちが経つと思ってるんでさァ。俺も近藤さんも土方コノヤローもみんな首を長くして待ってるっていうのに。
よく日の当たる縁側に寝ころんで棒付きアイスを頬張りながら、アイツから来た手紙を読んでいた。相変わらず綺麗で丁寧な字。それと同じ口調。顔合わせて喋る時は普通だってのに何とも他人行儀だ。初めて手紙を貰った時は思わず吹き出してしまった。
姉と同じように武州に置いてきてしまった、俺と歳の近いたった一人の幼なじみ。昔からしっかりしていて俺の方が泣いてばかりいたような気がする。その度にアイツが頭を撫でて慰めてくれたっけなァ。懐かしいや。

音を立ててアイスを口から離した。アイツが見ていたらこんな動作も行儀が悪いと叱るのだろう。空を見上げると夏の終わりの日差しが、俺の前髪を透かしていた。

会いてえなあ、なんてそんならしくいことを考えてしまう。
会って昔みたいに下らない話して夕方になるまで遊び呆けたいなあ、なんて思ってしまう。
置いてきた時は簡単にまた会えるのだと思っていた、姉貴にもアイツにも。幼かったのだな、と十八になった今なら分かる。こんなにも遠いアイツとの距離を埋めるものはこの手紙のやり取り一つだけだ。

ゴソゴソと自室の箪笥の中から白い半紙と筆を取り出した。それを床に並べて、寝ころんだまま墨を付けようと筆を手に取ると溶けたアイスが垂れてきたので慌てて食べきりくずかごに放り捨てた。
ぴたり、静かな空気を身に纏い墨をつけた筆を紙の上に落とすと特に何を書こうと思っていたわけでもないのにさらさらと言葉が浮かんで出た。拝啓、とも敬具、とも書かれていない敬語も何も使われていない下手くそな手紙。それでも伝えたいことは伝わるような気がした。
弱くなった日の光が庭の向日葵を揺らしている。



「総悟の奴はまた書いてるのか」
「ええ、ずっとあの調子なんですよ。最近では飯も十分に食ってないみたいで」
「無理矢理にでも食わせろ、じゃねえとアイツの身がもたねえよ」
「そんなにショックだったんですかね、彼女のこと」
「……どうだろうな、俺には分からねえよ」
「でも、折角会える筈だったのに彼女の乗った列車が追突事故起こしちまうなんてね・・・あの事故の死者何名くらいでしたっけ」
「さあ、それより山崎。この話はもう終いにしようぜ」
「あ、すみません・・・土方さんもご友人だったんですよね。辛い筈なのに」
「……いや、アイツほどではないさ」


ななしへ
元気でやってやすかい?俺ァもちろん元気でさァ。夏がもうすぐ終わりやすが、こっちではまだ向日葵が咲いてまさァ。武州の桜の木はもう若葉も落ちた頃になるのかねィ。
昔、俺が桜の木の枝が欲しいって言ってアンタがよじ登って取ってくれたことありやしたよね。結局アンタ降りられなくなって姉さん達に助けてもらったっけ。懐かしいや、あの桜また名前と見たいなあ。
そういえばアンタ会いに来るって言ってから一体どんだけ経ったと思ってるんでィ。手紙の返事も寄越さねえし腹出して寝て風邪でも引いたのかィ?アンタは昔からよく風邪引いてたからねィ、気をつけなせえ。
それにアンタはおっちょこちょいだからねェ、木に登って降りられなくなったのもそうだが犬に追いかけたり馬の背中から落ちたり。まったく あんたって人は馬鹿で馬鹿すぎてしょうがねぇよ、こっちの心臓が持たねえや。ていうかいい加減に返事くれねえと幾ら俺でも心配しやすぜ。
なあ、ななし。ちゃんと、アンタは生きてやすよね。何か土方コノヤローや近藤さんまでおかしなこと言ってやしたけど、アンタはまだちゃんとこの世にいるよなァ。列車に乗って、俺に会いに来て、車と追突事故起こして死んでなんか、いないよなァ。
俺、会いたいよ。ななしに会いたい。だから早く会いにきてくだせえ。それが無理ならせめて返事を下せえ。
総悟


あれからまた数ヶ月、ななしからの返事は来ない。なあ、アンタはこんな俺を馬鹿だって笑いやすかい。それでもいいや、アンタの笑顔が見てえな。


title by 畜生
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