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「七席ちゃん」

彼は私をそう呼んだ。私は彼のそれを不快だと感じたことも嫌味だと感じたこともまるで無かった。そう、まるで無かったんだ、今日までは。

「七席ちゃん、どっかしんどいん?えらい顔色悪いけど」

何となく外を眺めていたら、突然そう声をかけられた。慌てて振り返るとそこには市丸隊長。隊長は独特のイントネーションでもう一度、「どないしたん?」と小首を傾げ言った。

「あ……外を見てただけです」
「へぇ、また何で」
「……葉が、葉がとても綺麗だったので」

ただぼうっと眺めていただけなのに、市丸隊長が深く問いてくるので思わずそんな言葉が口から溢れた。
別に、ただ眺めていました、と言えばそれで良かったのに何となくそう言うのは恥ずかしいような気がしたのだ。
しかし、市丸隊長は私の言ったそんな一言に、ふん、と難しい顔をした。

「確かに綺麗やねぇ、今が一番葉も元気な頃やし。でもあない元気にしとうても、秋が来て冬が来たら枯れてしまうねんな。そう思うとボクは切のうなる」
「…………」
「?どしたん、七席ちゃん」

市丸隊長が、あの葉達を見てそんなことを思うなんて、と私は妙に不思議に思ってしまった。そして私の溢した些細な一言をこんな風にして話してくれると私は無性に嬉しくなった。
何故なのかはいまいちわからないけれど。

「私は……切なくはありませんよ、だって春になればまた花が咲くじゃないですか」

そう返した私に、隊長は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにふわりと微笑んだ。そして言う。

「せやな……そう思えば多少は救われるわ。ありがとう、七席ちゃん」

私はその時の隊長の顔が忘れられない。寂しそうに遠くを見つめた――中庭の葉を見つめた隊長の顔が。

それからほんの三日後だった。藍染隊長による動乱が起こったのは。
天に昇る瞬間、隊長は「七席ちゃんにバイバイ言うといて」と言ったらしい。その事を乱菊さんから聞いた瞬間、私にはあの日の隊長の姿が映った。

"秋が来て冬が来たら枯れてしまうねんな"

その日から私は七席と呼ばれるのが嫌いになった。私の隊長は何処にもいないのだから。「七席ちゃん」と呼ぶ彼は何処にもいないのだから。
彼がどんな思いで、あの日、遠く葉を眺めていたのか、私には分かるような気がした。
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