log | ナノ

 謙也が彼女に振られた。今回の彼女は長続きしてた方やから、謙也もその分だけ落ち込んでて。わたしはそんな謙也を慰めるべく、謙也が伏せている机の前の椅子に座って、体だけその方に向けている。
 そろそろ二十分は経つから謙也も復活するころやろう。そう思っていたのに、謙也はそれから十分経っても伏せたままやった。

「謙也」
「……うん」
「えらい落ち込んでるやん」
「……」

 謙也は返事をしなかった。不思議に思ったわたしは目の前でふわふわと揺れる金髪に手を伸ばす。手のひらが触れる。その瞬間、謙也が唐突に口を開いた。「何でや」何で?そんなんわたしが知るはずないやん。少しかすれたその声のボリュームはいたって小さい。何か、レベルで言うと1くらい。あー、意味分からんな。「痛い」痛い?ああそうやろな、あんた彼女に振られたんやからな。
 わたしは頭の中で勝手なおしゃべりを続ける。

「痛い、ねん」
「……あー」
「前ん時はこない、痛なかった。そら落ち込んだけど、でも」
「失恋なん、どんなけ痛あてもそのうち治るねんで。今だけやん」
「せやろか」
「そうや」

 そうやないと困るわ。そうや、と言ってから頭の中で続けた。
 そうやで。早よ失恋の痛いのんも悲しいなるんもどっかやってくれな、わたしが困るねん。よくある話、よく見る設定。つまらんことに、わたしはあんたが好きやねんで、謙也。あんたが振られたんを慰めながら、わたしは安心してんねん。お帰り謙也、って。

「謙也が振られたんは謙也のせいちゃうよ。謙也むっちゃ良い奴やん、相手の子に見る目なかったんやわ」
「そう、なんかな」
「せや。謙也は優しいしおもろいし、まあ白石ほどやないけどかっこええし」
「白石ほど、っちゅーんは余計やろ!」

 ようやく顔を上げて、わたしにキレのある突っ込みを返す謙也の顔はまだ弱々しかったけど、それでもさっきみたく死んではなかった。わたしはその姿に二つ目の安心を覚え、笑う。

「次があるねんで、謙也」
「そうやなー……よっしゃ、もう忘れたろ!」
「せやで!ほな景気付けに何か奢ってもらおかな!」
「おう、奢って……って何でやねん!」
「謙也、裏手痛いわー」
「自分がおかしなこと言うからやろ。何で奢らなあかんねん。むしろ奢れや」
「√3て、ひとなみにおごれやって覚えたんなあ」
「そうそう√3……っておい!どんだけ俺に突っ込ます気や」

 やかましい謙也は放っておいて、わたしは鞄を肩にぶら下げ教室の扉まで向かう。「なあ、お前さ」扉に手を掛けようとした所で、謙也がわたしを呼び止めた。声が、さっきの茶らけた声と違うてた。

「彼氏、おらへんのやんな」
「いてたら、謙也となん一緒におらへんよ」
「そうやんな」
「うん」
「俺、お前んこと好きになれたらええのにな」
「……」
「そしたらこない悩まへんのに」

 復活したと思った謙也は嘘だった。わたしの勘違いだった。そのことを瞬時に悟る。今まで謙也が振られるたびにわたしは謙也のこと慰めてたけど、謙也がこないなこと言うたことはなかった。忘れる、って言うたらほんまに忘れてたし、新しい恋する、って言うたらその三日後ぐらいに好きな人できたって報告してきた。
 こんな風に諦めた言い方をする謙也をわたしは知らない。

「そんなら、」
「え」
「そんなら、好きになればいいやん」

 見開いた謙也の目一杯にわたしが映る。なあ、わたし今どんな顔してんの?ひどい顔しとる?そうやなかったら、何でそない苦い顔するん、謙也。わたしのこと好きになれたら、そう言うたん謙也やん。わたしはただ後押ししただけやん。

「……すまん」

 なあ、せやから、そんな困った顔が見たいわけやない。そんな悲しい声を聞きたいわけやない。
 そんな台詞を言われたいわけと違うねんで、謙也。
- ナノ -