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 もしも未来が見えたなら、わたしはどうしていただろう。ふと頭に浮かんだが、馬鹿らしくなり早々に考えることを放棄した。ぽつりと一粒手の甲に雫を落とす俄雨のように、はじめやさしく、次第にはげしく、そしてやがて何事もなかったかのようにさってゆく。それが人の世にもまたいうことのできる理ならば、この雨とも呼ぶべき戦乱もいづれは終焉を迎えるのだろう。そうだ。これはほんの俄雨に過ぎない。豪雨のように見える今も、天を裂く稲妻のように奔る彼も、全てを攫う突風のように降り掛かる矢も弾も、いつか終焉を迎える日の為に用意された脚本の一部にしか過ぎない。そう思えば幾分気が楽だった。ハッピーエンドしか用意されていない世界なら良いのに。空のように。

「結局見つからずじまいだった」
「そんなもんだろ。こんだけバタバタ死んでりゃしゃあねえよ」
「せめて墓でも作って埋めてやりたかったんだけどな」
「作ればいいだろ」

代わりにそれ、埋めてやれよ。銀時はそう言ってわたしの腰に差さった真剣を見遣った。視線を落としたそこには派手な装飾が施された龍文字の柄。左手の親指でそろりとその跡をなぞれば、何処からとなく懐かしさが胸を襲った。彼はいつも嬉しそうにいとおしそうに、この刀の柄をなぞってはわたしにこう言った。「どうだ、かっこいいだろう。俺にぴったりの刀だ。羨ましいか」。その度に晋助が「阿呆かてめぇは」と呆れ、わたしが「使いにくそうだ」と非難し、小太郎は何も言わず、辰馬は笑っていた。銀時は、そうだ。欠伸をしていたような気がする。

「形見だなんてらしくない。そんなに大切なものなら、わたしなんかに渡さず刀ごと死ねば良かったのに」
「お前だったらそうするか」
「さあ。でも多分。形見なんて死ぬことを肯定しているようなもんじゃん」
「死なねえってか」
「死なないよ、わたしも銀時も。晋助も小太郎も辰馬も。死ぬのはあいつだけだって分かってた」
「何者だよてめぇ」

俺もいつかは死ぬんだ。お前も、奴らも。そんなことは知っていると思ったが、きっと銀時が言わんとしていることはそういうことではないのだろうと思って、口を閉じた。
もしも未来が見えたなら。もう一度考える。だけどやはりすぐに止めた。馬鹿らしいと思ったのではない。もう十分に、分かっているからだ。

「十年後、どうなってんのかね」
「さあな」
「未来なんて見ない方がいい、とかさ。そんなこと、諦めた人間の言うことなのかな」
「見ない方がいいっつーか、考えたことがねえよ。俺はな」
「うん」
「今だけで手一杯だ。先のことなんざ気にしてられねえよ。先のこと考えてる奴は、せいぜい辰馬かヅラくらいのもんだろ」
「辰馬に小太郎か。あいつ等頭おかしいからね」
「似たり寄ったりだろ」

鼻で笑って、腰を上げた。かしゃりと胴の擦れる音と共に、遠く向こうに映るのは未来というよりは過去だ。それでもいい。今があればいい。未来は見えない。そして見えたところでわたしにすべきこともできることも何も見つからないだろう。腰に差さったあいつの刀は銀時に向けて放り投げてやった。未来を見ようとは思わないが、同時に過去を見ようとも思わない。
人は通り過ぎた俄雨にその強さを忘れる。いつか終わりを迎えるその日を、わたしは今を見つめて待とうか。

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