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ただ今わたしは兄ちゃんの部屋を物色中なのである。時刻は四時半を回ったところ。テニス部のレギュラーである兄ちゃんがこんな時間に帰ってくるはずがないので、その辺りは安心なわけだが、人の部屋に勝手に出入りするのは意識せずともこそこそとした動きになってしまう。うーん。空き巣の気持ちが分かる気もする。
はてさてところでなぜわたしが謙也兄ちゃんの部屋を物色しているかというと時は今日の昼休みまで戻る。昼食を食べ終えて女友達数人がお手洗いに行っている間の時間、わたしは何となく自分の席ででかいヘッドホンを耳にかけ音楽を聴いている光くんの腕をつついてみた。気付いた光くんがヘッドホンを外し(あ、一瞬不機嫌な顔した)見かけによらず低い声で、何?と聞いてくる。あのさー、ひまー。そう言うと、俺は暇ちゃうんやけど。と返ってきたが、ヘッドホンを鞄にしまい込んだ辺り、わたしと雑談してくれる気もあるんだろう。

「何や自分友達おらへんかったんか」
「ちゃうわ。友達オテアライ行ってんねん」
「言い方うっといねん」
「光くん口悪いで〜」

そう言ったら光くんは、直す気もないわ、って言ってほんのちょっと笑った。耳に光るピアスが蛍光灯に反射してチカリと光った。わたしは思わず、まじまじとそれを見つめてしまう。

「何やねん…」
「やー…。ごっつ痛そうやな」
「こんなん痛ないわ」
「兄ちゃんも言うてたで。あないに光はぼかすか穴空けよって不良や〜て」
「はあ?金髪の頭した奴に言われたないわ」
「まあ…それは否定できへん」

苦笑して、謙也兄ちゃんの派手な頭を思い出す。わたしも弟も髪の毛が黒い。兄ちゃんも元は黒かった。染めだしたんはレギュラー入りしてからで、兄ちゃんは、テニスやるなら目立ったもん勝ちや!とか言うてた気がする。正直わたしには理解不能やったけど。

「…そういえば自分、謙也さんの妹やねんな」
「何をいまさら」
「ほな謙也さんの部屋とか入ったことあるん?」
「兄ちゃんの部屋?そうやなあ…昔はよお出入りしててんけど最近はさっぱり」
「入れてくれへんの?」
「うん。オカンは掃除しに入ってんねんけど、毎度毎度兄ちゃんに怒鳴られよるわ」
「へえ…。ほな確実やな」
「何が」
「今日帰ったら謙也さんの部屋入ってみ。絶対あれあるで」
「あれ?」
「せや。あの―――」


まあここまで言えば大方の予想はつくやろう。せや。わたしが探しとんのは、思春期のバイブル――えろほんや。光くんによれば健全な男子ならたいていは持っているらしい。兄ちゃんは変なとこ奥手やからオカンにそれが見つかるん恥ずかしいんやろって。まあ確かに兄ちゃんは温厚や。オカンにグチグチ言うんもその時くらいやし……って、どんなけ見られたないねん兄ちゃん!ほな買わんとったらええやん!
そう思いながらもわたしも健全な中学生。そういうものには何となーく興味ある。噂や話には聞いたことあるけど実際に見たことないっちゅーんが女子の現実やねん。光くんは絶対にある言うてたからあるんやと思う。根拠?ない。

「ちゅーか兄ちゃん部屋きったなー…」

兄ちゃんが二週間前にオカンと騒いどった時から掃除してへんのやろなあ。ジャージ脱ぎっぱやしCDや漫画崩壊しとるし。足の踏み場もないなんていうことはないねんけど、きれい好きの血が騒ぐ。あーあー掃除したい…。
とりあえずばらっばらに散らばっとるジャンプだけでも積んどいたろう思って、手を伸ばした。表紙でにかりと笑うルフィくん。そういやこの号まだ見てへん気がするねんけど!
ワンピースだけでも読んだろ。そう思ってジャンプを持ち上げた時やった。笑顔のルフィくんの下から出てきたんは、微笑する――お姉さん。咄嗟に、見つけてしもたああああ!って気持ちが身体中駆け巡って、ルフィくん放り投げてその本手に取ってしもた。表紙はベタに巨乳のえらい美人なお姉さんがお尻突き出してこっち向いて笑っとる奴。くらりと目眩がした。ちゅーか、自分で探しておきながらいけないもん見てしもた気分や。兄ちゃん巨乳好きなんやろーか…。わたしびーかっぷ半くらいしかないねんけど…って何でやねん。関係ないわ。

「な、中はどうなっとんのかな」

あー!でもあかんよな。うん。あかん。でも見たい。でもあかん。でも見たい。あかん。見たい。あかん――でもやっぱ見たい…!
兄ちゃんごめん。わたしこっそり大人になるわ。心の中で罪悪感からの謝罪をして、いざ。ばさりと適当なページを開いた瞬間、聞こえてきたのはおっそろしい速さで階段駆け上がってくる音。や、でも兄ちゃんは部活のは――

「ななしあかん!!」
「にっ…」

血相変えて飛び込んできたんは、ある程度予測しとったけど謙也兄ちゃんで。汗だっらだらでネクタイやらシャツのボタンやらくっしゃくしゃなままでわたしに詰め寄ってきた。

「うっわ!何でよりによってこれやねん!」
「え、ちょ、兄ちゃん何でおるん、え、部活は」
「財前に聞いてん。ほんで白石に無理言って抜けて全速力で帰ってきた」
「光くんだと!」

裏切り者め。と思いながらぎゅっと本を握りしめた。が、それは謙也兄ちゃんの手によって半ば無理やり強奪されてしもた。兄ちゃんはわたしの手から奪いとった本を放り投げて、わたしの肩に手を置く。びくりとわたしの体が跳ねた。兄ちゃんこっわ!

「あれは、俺のとちゃう」
「……はあ」
「友達が遊びに来た時買って持ってきて置いてったんや」
「……はあ」
「俺のんは、何ちゅーかもっと健全やねん!あんなえろい格好とかしとらへんし!」
「持ってんのは認めんねんな兄ちゃん…」
「それは…まあ、俺も中学生やから、な」
「ちゅーか兄ちゃんがえろほん持ってても持ってへんくても興味ないねんけど」
「な、何や」
「兄ちゃん。男の人はあんな風に穴に入れ…」
「うわあああああ」

言葉を遮るようにして叫び出した兄ちゃんが、ひしっとわたしを抱き締めて腕の中に閉じ込めた。謙也兄ちゃんは背高いからわたしなんてすっぽり入ってしまうねんけど、暑苦しい。

「兄ちゃん暑苦しいねんけど」
「はあ…どうしよう俺。いつかななしがその辺の男とあんな関係なってしもたら立ち直られへんかもしれん」
「兄ちゃん妹離れはいつですか」
「ななしんこと汚したないねん…!」
「まあ汚したんは兄ちゃんのえろほんやねんけど」
「だからあれはちがっ…!」
「はいはい友達のやんな」
「せや」

そう言ってわたしを解放し、今度はじっと見つめてくる兄ちゃん(目が若干うるんどる)は、決心したように言った。

「いつか嫁に出す時まで俺が守ったるからな!」
「や、それより兄ちゃんは早よ童貞卒業した方がええよ」
「……」

兄ちゃんは、ほろほろと泣いていた。
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