ハナサキ | ナノ

「ほんまに後悔せんのですか」

ベッドに横になった先輩は焦点の合わん目でこくりと頷いた。俺は内心ため息を吐いたが、先輩がそこまで望むんやったらしゃあない。今の俺は、先輩を泣き止ますためにはただ先輩に言われたとおり行為に及ぶということしか思いつかん。
俺かて男やし中学生やから、先輩とそういうことしたいて考えたことがない言うたら嘘になる。せやけど、どうしても満たされへん。こんな風にこの人のこと抱きたかったわけやない。

「嫌になったら言うてください」

そう言うてから、先輩のスウェットに手を伸ばした。脱がせようと俺の手がそれに触れた途端、先輩はびくりと体を震わす。「止めます?」そう聞いてみても、先輩は頑なに首を横に振る。だから俺は手を進める。先輩にばんざいの格好をさせてスウェットを剥ぎとると、顔や手足と同じ白い肌が露になり、こくんと喉がなった。官能的。今まで見たどんな女の人よりも先輩はエロかった。
先輩に覆い被さるようにして抱きしめ、左手を背中に回しブラのホックを外す。ぱちん、となった音に先輩はまた反応して目を固く瞑った。俺自身も制服のワイシャツとTシャツを脱ぐため先輩の上から退こうと体を起こした時、ついでに先輩の前髪をかき揚げて額にキスしたった。先輩は、驚いてその目を開く。

「まだ止められますけど」
「……」
「ほんまに、…ほんまにするんですか?」
「……」
「花先輩、俺は先輩のこと、ほんまに好きで大切なんです。せやからこんな風に理由も分からんまま抱きたないんですよ。…こういうことしたないって言うたら嘘になるけど、今はまだせんくてもええって思うてしまうんですわ。…先輩は、何でしたいって思うたんですか?そないに泣いてまで」

言葉を探しながら、一つ一つ先輩の目を見て言った。先輩は相変わらず泣いてはるけど、その泣き顔はさっきみたくさびしそうなものではなくなっていて、少し安心した。
先輩の腕を引っ張って起こしてやると、ホックの外れたブラが落ちてしまい目のやり場に困る。どうしようもないから先輩をそのまま引き寄せて抱きしめるとトクトクと早めの鼓動を刻むのを感じた。

「…どないしたら」
「……」
「どないしたら、光が離れへんか、分からんねん」
「どういう…」
「…光にどこにも行ってほしない…」
「…何や、それ」
「光、わたし、光のこと好きや。…なあ、どないしたらええの?抱きしめたら、キスしたら、セックスしたらずっと側におってくれるん?光に嫌われたない。嫌いにならんといて。わたし、何でもするから」
「先輩、何でそないなこと…」

詰まりながらもぼろぼろ泣きながらも先輩は俺を見て言い切った。それを聞きながら、どうして先輩はそんなことを思い始めたのか分からなくなって、だけど嫌いにならんといてと縋る先輩があまりにも可愛くてしおらしくてどうしようもなくなった。
俺は先輩を抱きしめ直して、首筋にキスを落とす。先輩が小さく吐息を溢すのを聞いて、何となく視線をベッドの上に移した。目に入ったのは、枕元に開きっぱなしで置かれている携帯。
それを確認した瞬間、何かが体の真ん中を真っすぐに貫いたような感覚に襲われた。先輩に気付かれないよう、そっと携帯に手を伸ばす。開けっ放しの携帯が表示しているのはメール画面。俺が送ったメールを十字キーでさかのぼる。謙也さん、小春先輩、先輩のクラスの友達……。

「……!」

脳みそで鐘突きされたかと思った。ぐわん、と頭の中が揺れる。昨日までさかのぼった先輩の受信メール。見覚えのあるメールアドレスと、本文の書かれていないそれには画像が添付されとった。
震える指で、俺は真ん中のボタンを押した。

「…何やこれ…」

驚いたのは、そこにあるものを予想できなかったからではなく、予想していなかったものがあったからだ。先輩の携帯宛に送られてきた画像は、俺へのそれとは違う別のものだった。ベッドに横たわっているのは俺だけじゃなく、あの人も俺に寄り添うようにして眠っていた。
だけどどうしてこんなものが撮影されてるのか理解できない。シたのは事実。二人でベッドの上にいたことも、事実。でも俺はあの日眠っていない。行為が終わるなりさっさと帰ったから…。

「…知らへんアドレスから、送られてきてん」
「え…」
「嘘やと思ってん、最初は。せやけどその光、わたしがやったリストバンドしとったから…」
「……先輩」
「…ごめんな、光。わたしがあかんねん…光に好かれとるって調子乗ってたわ。せやから…嫌われてしもたんやんなあ」
「……」
「ほんま、ごめんな。…好きでごめんな。こない面倒な奴で」
「…ちゃう」
「ちゃうこと、ないねん…」
「ちゃうわ!」

手から滑り落ちた携帯をそのままに、俺は勢いあまって先輩を押し倒してしまった。先輩は当然やけど、驚いた顔してはって、せやけどそんなん関係なくそのまま抱きしめた。今の俺に先輩のこと抱きしめてもいい資格があるんかは分からん。この人の側におる資格も、そもそも無いんかもしれへん。
先輩が俺を求めてきたことに俺は腹が立った。こんな風に抱きたくないって自分本位な考え方ばかりで、この人の気持ちも分からんまま叩いてしまいそうになった。最低だ。なあ、こないに最低な奴なのに、何で先輩は好きって言うてくれはるの。嫌いになるわけない。嫌いになられるのは、むしろ俺の方やっちゅうのに。

「先輩」
「…ほんまに光は悪ないねん。わたしがこないな奴やでやんな」
「ちゃう!…ほんまに、ちゃいます。先輩は何も悪ないねん。あの写真は本物っすわ。せやけど、先輩のこと飽きたとかやないんです」

信じて。なんておこがましくて言えへんかった。何で俺があないなことになってたんかも、言いたなかった。クラスメイトと俺に何かあったと知れば、きっとこの人は今以上に傷つくから。ふざけたふりして思いつめてしまうから。この人はそういう人やから。

「……好きです」
「ひか…」

抱きしめていた腕を緩めると、代わりに先輩が強く抱きしめてきた。上半身だけを起こして、先輩の、泣いて少し腫れてしまった瞼に唇を落とす。キスしてもええですか?問いかけるように見つめていたら、その瞼が閉じられたからゆっくりとキスをした。何度も、何度も。触れるだけのキスを。

「……ほんまは」
「え」
「ほんまは、分かっててん」

キスとキスとの隙間を埋めるように、先輩が呟いた。俺は、動きを止めて先輩を見下ろした。

「光がずっとわたしのこと好きやったの、知っててん」
「…え」
「生意気なませた後輩やと思ってただけやったわ、前までは。素直やないし先輩として扱ってくれへんし。せやけど、光に初めて好きやって言われた時から、分かっとった。本気やって分かっとってはぐらかした」
「……」
「傷つくだろうってことも少しは考えたけど、やっぱり気持ちに答えるとかできへんかったし。今かてそうや。光がわたしのこと好きなんは知っとる。あの写真も何かがあったんやろうってことくらいすぐ想像ついたんや」
「先ぱ…」
「女遊びしてきたんやから、なんてわたしが言える立場やあらへんかった。だから、今回のことはわたしへの罰やったって思うてた。でも…光は何にも言わへんから悲しかった。本当なんかもしれへんと思って疑ったし。…光はいつもいっぱい好きやって言ってくれたんに、信じられへんかったんや…」
「……」
「せやけど、信じられへんかったのに光んこと失いたくなかったんよ。だから…考えもなしにシようとか言うてごめんなさい。疑ってしもてごめんなさい」
「……」
「ひか…うわっ!」
「……好き」
「え」

先輩を今までにないってくらいに強く抱きしめて、その胸に顔を預けた。どないしたらええんか分からんくらいの「愛しい」が溢れてきて、せやけど俺は強く抱きしめることしかこの気持ちのやり場が見つけられんくて、先輩が苦しそうにするのもかまわんと腕に力をこめた。

「好き。好きです。ほんまに」
「おん」
「ずっとずっと好きやった。せやのに、あんたはいつもふざけてばっかりで…でも好きやった」
「…おん」
「先輩、花先輩、好きです。もう――」

絶対に俺の側から一生離れへんといてください。
俺はまだ中二のガキで、これからきっともっと色々な人に出会うんやろうけど、俺には先輩しかおらへん。そう思うんですわ。アホみたいな夢みたいな戯れ言かもしれへん。せやけど、今、本当にそう思う。
俺の腕の中から何とか自分の腕を抜いた先輩は、両手で強く俺の頭を押した。

「ひ、光、死ぬ…。苦しい!」
「…我慢せえや」
「む、無理や。それに、服も着てへんし」

そう言われて、俺はしぶしぶ腕の力を緩めて顔を上げた…ところで、ふと気付く。そういえば俺、今、先輩の胸に顔埋めとったな。ふっと視線を下に移すと、ちょうどそこには先輩のブラも何も纏ってない乳があった。

「…あ」
「ひっ…がああああ!光、退いて退いて退いて」
「嫌っすわ」
「いや、無理。有り得へんやろ!うん、ないわ!」
「さっきまでヤる気満々やったやないすかあ。ちゅうか今むっちゃチャンスやんな」
「い、言わんでや!チャンスとか何やねん。こういうことするんはまだ早いって言うてたやん!」
「気が変わりましたわ」
「変わらんでええねん!と、とりあえず退いてや!」

必死に俺を退かそうとする先輩に意地悪な視線を送ってやると、その目が再び潤んだ。さっきとは違う、恐怖を孕んだ涙やな。その顔はちょっとおもろいけど、しゃあないから俺は退いたることにした。

「嘘や。ヤらんっちゅうねん」
「よ、よかっ…んむ」

お互い向き合ってベッドの上に座る。俺は、先輩がまたやかましいこと言わんうちに唇を塞いだ。それも今までとは違うやつ。言おうとして塞がれた先輩の口の中に舌をねじこんでキスをした。驚いて離れようとした先輩の頭をがっちりホールドして、しつこく舌を追い回す。

「…んむ、…ぶはっ!」
「色気ないなあ」
「そ、んなこと言われても」
「せやけど」
「え…」
「俺らはまだこれくらいで、ちょうどいいんすわ」

そう言って笑うと、先輩はびっくりするくらいまぶしい笑顔で笑った。それにつられて俺も笑う。それからもう一回、どちらからともなくキスをした。

明日になって学校に行ったら、きっとあの人は俺の元までやって来て言うんだろう。「別れた?」なんて。だから俺は言ってやろうと思う。「まさか、そんなはずないやん」それから、「こないなことしても、何の意味もないで」そう、笑って言ってやる。きっと、最初からそうすればよかった。きっと、それが先輩を悲しませない一番の方法。俺はもう二度と、こんな形で先輩を泣かせたくないから。

「なあ先輩」
「ん、何?」
「愛してますわ」


愛し君
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