ハナサキ | ナノ

「は?先輩休みですのん?」
「せやで、財前聞いてへんの?」
「…聞いてないっすわあ。風邪ですか?あの人アホやのに風邪ひくなんて救いようないっすね」
「前々から言おう思うててんけど、自分ひどいやっちゃな」
「謙也さんには言われたないです。ほな、これ以上は時間の無駄なんで帰りますわ」
「…俺、先輩やねんけど」

謙也さんに背を向け、三年の教室を出た。ポケットに入れっぱなしやった携帯に手を伸ばし確認してみたけど、メールや着信は一切きてへんくて、またポケットにしまい直した。
先輩が風邪やなんて、珍しい。健康オタクの部長同様に先輩は超がつく健康児や。今まで風邪ひいたなんて話は聞いたことないし、たぶん学校も皆勤賞とかそんななんやろうと思う。ほんま珍しい。

「見舞いでも行ったろかな」

玄関に向かいスニーカーをつっかけて、先ほどしまい直した携帯に再び手を伸ばした。花先輩宛てにメールを作成し、送信。学校帰りによります。とそれだけを書いた。
先輩の家にはよう行くから、もう行き方は覚えた。別に、先輩と遊ぶとかだけやなく部長におよばれされて謙也さんや千歳先輩と行くことも多かったから。学校を出て十数分もすると、先輩の家のすぐ近くまで来たが、先輩からは返信がなかった。ほんまに体調悪いんかな、と心配になってきた俺は、先輩の家へ向かっていた足を反転させて薬局の方へと向けた。ポカリと熱冷まシートくらいあればええかな。あと、ゼリーとか。




「こんにちは」

チャイムを鳴らして、インターホンに話しかけた。が、返事がない。そういえば先輩からのメールの返信も相変わらずない。もしかしたら家で看病してくれる人もおらんとぶっ倒れとるとかないよな。俺はもう一度、チャイムを鳴らす。

「…メールも気づいてへんのやったらどうしようもないやん」

家の鍵は開いていない。チャイムにも反応しない。メールの返信もない。少々不安な気持ちになったが、そろそろ諦めようかと家から離れようとした瞬間、バタバタと音がして鍵の開く音がした。そして、それに続いて玄関のドアが開く。

「光!」
「…は?先輩、風邪とちゃうかったん?」
「あー…風邪ではないねんけどな。堪忍、心配させてもた?」
「いや、別にいいっすわ。それより何で今日学校休まはったん」
「それは…な。えーと…」
「…何ですか」
「と、とりあえず部屋入らへん?こんなとこで話すのも変やし」

いつもと違うやけに元気のない笑い方する先輩に疑問を感じつつも、俺は部屋に続く階段を上った。後ろから先輩がついてくるのが不思議な感じがした。



「光、わざわざおおきにな。風邪やなかったんやに」
「先輩がお礼言うとかきもいっすわ。やっぱ風邪やないですか?」
「失礼やでー」
「…ほんまにどないしたんですの?」
「何がやねん」
「先輩、授業サボりはしても学校サボるなんてせえへんやん。しかもむっちゃ覇気ないし」
「そうか?」
「そうですよ」
「おー…おん。そうかもしれへんな」
「…何がおうたか言うてくれへんのですか」
「……」
「…言いたくないなら、いいっすわ」

部屋のベッドの上にあぐらをかいた先輩は、俺が一方的にしゃべるのを何も言わんとただ黙って聞いとった。微妙な沈黙が流れる。
ほんまにこの人はどないしてしもたんか。いっつもにっこにこしとるアホみたいな先輩はどこへ行ったんやろ。まあ実際はどこへも行ってないんやけどな。だけど、こんな先輩は見たことあらへん。

「…光、な」
「はい」
「光……わたしのこと好きやんなあ」
「何言うてはるのん」
「言うて。好きって言うてよ。光はもう遊んだりもしてへんよなあ」
「先輩、ほんまにおかしいわ。…いつもらしゅうない」
「ほな、いつもどおりやったらええの?」
「……」
「なあ光」
「…はい」
「ヤろか」

一瞬、時が止まったんをほんまに感じた。先輩の口から、有り得へん言葉を聞いた気がする。ヤろうやなんて、先輩が言うはずあらへんもん。きっとまた何かの冗談なんやろ?そないに覇気がないんも、さびしそうな顔しとるんも、全部からかってはるんやろ?
先輩、俺が本気にしてもうたらどうすんの?

「光、ヤらへん?」
「…そない簡単にヤろうとか言うたらあかんですよ」
「ほな真剣に言えばええ?」
「そういう問題やないですわ」
「ほな何なんよ。どういう問題やねん」
「ほな俺も聞きますけど、先輩は何で突然そないなこと言うんですか」
「…っ、ええやん。光は女の子といっぱいそういうことしてたんやから、わたしとヤるんも変わらんやろ」
「……先輩」
「…なに…」
「……それ、本気で言うてるんやったら叩きますよ」
「……」
「最低ですわ」

吐き捨てて、先輩の部屋を出ようと立ち上がった。こないに腹が立ったのは久しぶりかもしれへん。先輩の言うてることは間違ってないんかもしれん。せやけど、この人は俺がどないな気持ちで片思いしてきたんか何にもわかってない。純粋に片思いして純情少年やってきたわけやないけど、それでも踏み躙られたような気持ちになった。

部屋のドアを押し、廊下に足を踏み出した。瞬間、俺の耳にぐすぐすと鼻をすするような音が聞こえてきて俺は振り替える。そこには、ベッドの上に座ったまま顔を押さえてぼろぼろと涙を流す先輩の姿があって、俺は言葉を失った。
今まで一度も見たことのない先輩の泣き顔。その顔は、悲しそうというよりはさびしそうで。親とはぐれた小さい子みたいに不安を隠しきれず、ただ泣いていた。

「……っ、…ふっ」
「……先、」
「…悪、いんは…光の、方やん」
「え…」
「好き、なん…」
「……」
「好きな、のに…」
「…そない、ヤりたかったんですの?」

先輩は、こくりと頷くとまたぐすぐすと泣き出した。どないすればいいんか分からん俺は、ただその場に立ち尽くした。
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