ハナサキ | ナノ

※全国終了後の話



先輩の泣いた顔を俺は一回だって見たことがなくて、千歳先輩が持ってきたトトロ見た時も、金太郎とふざけていて腕の骨を折った時も、全国大会負けてみんなで号泣した時も先輩は泣かへんかった。ほんまは泣いてたんかも分からん。でも、それでも俺は先輩が泣いてる所なんか一回でも見たことはなかった。
だけど俺は、そんな強い人を泣かせてしまった。それも、一番最悪の方法で。




事の始まりは一通のメールからだった。夏休み、部屋で音楽を聴いていた俺の携帯が突然鳴り響いた。誰やろうかと思いながらヘッドホンを外し携帯画面を開くと、メールの新着が一件。それを見た瞬間、あっ、という気持ちになった。久しぶりに見た名前。昔、遊んでいた時の彼女であり先輩と同じクラスの人やった気がする。

「アドレス消すん忘れとったわ」

先輩と付き合うことになった際、俺は今までの女の連絡先は全て消したつもりやった。それをどうやら消し損ねていたらしく、メール画面には「美穂」という名前がしっかりと刻まれとった。
一応、何の用事かだけ確認してメアドを消したろうと思いメールを開く。すると何故かそこには本文が記載されていない。何だ、ただの間違いか。そう思って消そうとした時、俺はそのメールに画像が添付されとることに気付いた。
そしてその画像を見た瞬間、すっと体の体温が引くのを感じた。ただでさえ体温は高くないのに、俺は死ぬんちゃうかな?なんてふざけてられへん。

「これ何やねん…」

急いで返信メールを打つ。どういうつもりや。短い本文を送信すると、一分とせんうちにメールが返ってきた。本文には「ごめんね、隠し撮りしちゃった」と。悪怯れないその態度に、ギリ、と奥歯を噛んだ。珍しく自分が焦っとるのが分かる。いつ撮られたんや、とか。どないして今さらこんなもん送ってくるんや、とか。いろいろなことが頭の中を巡る。何とかこの疑問たちを消してしまいたかった俺は、電話帳を漁った。「美穂」、見つけた名前にはしっかりと電話番号が記載されとった。俺は、通話ボタンを押す。

プルルル

『もしもし〜?』
「どういうつもりや」
『いややわあ光、声むっちゃ怖いで?』
「ふざけんとってください。あんたとの関係はとっくに終わってますやん。今さら何や」
『…今日の光はよおさんしゃべるなあ』
「……」
『花に言われたないんやろ?』
「…言わはるんすか」
『言わへんよ。この画像は見せてまうかもしらんけど』
「…どないすればええんですか?」
『何の話?』
「からかわんでください。どうすれば消してくれはるん?」
『アハハ、光、必死やなあ』
「……」
『ええよ。ほな今度うちと遊んでや。そしたら光の目の前でこの画像消したるよ』
「…ほんまですね?」
『嘘はつかへんよ』
「…いつですか」
『うーん。せやね、ほな今週の土曜の夕方会おか。うちまで来てや』
「…分かりました。ほな」

ぷつりと通話が切れる。もう一度さっきのメールに添付された画像を開いた。あの人と服も着んとベッドの上で寝とる俺の目は閉じられとる。おそらく終わって寝てもうた後に隠し撮りされたんやろな。ぱたん、と携帯を閉じた。

もし、これが花先輩に見られてしもたら…先輩がこれを見たら、何て言うんやろか。俺が遊んでたことは知ってはるから、アホやなあって笑うかもしれへん。あの人はそういう人やから。
だけど万が一、あの人が傷つくようなことがあったら。何より、俺のこんな姿を先輩には見せたない。
メアドは消そう。電話番号も。ほんで、土曜日に会って画像消してもらおう。脅されるようなことがあったとしてもどうにかして、…何とかせなあかん。



「…ちわっ」
「光!ほんまに来てくれたんや」
「あんたが来い言うたんやないですか」
「冷たいなあ」

そう苦笑いして、俺を家へと招き入れた。久しぶりだけど、わりと見慣れた風景。思えばこの人は先輩以外で一番長く付き合っていた。俺が家の道順まで覚えているくらいだから三ヶ月は付き合っていたんだろう。
促されるままに階段を上がり、美穂先輩の部屋へ入ると懐かしい香りがした。甘い香水の匂い。別にこの人のことを好きやったわけやないのに少し切なくなったんは何でなんかよう分からん。
多少配置の変わった先輩の部屋を立ったまま眺めとると、後ろから腰に腕が回され、俺は首を傾けた。

「何の真似ですか。早よ画像消してください」
「今日、ウチと遊んでくれたら消すって言うたやん。光まだ来たばっかやろ?」
「…離してください」
「嫌や」
「先輩とは終わったんちゃいました?」
「ウチはそんな気あらへんよ。それに、光にそないなこと言う権利はないんよ」
「…離し」
「嫌や」
「先輩」
「嫌や!」

腰に縋りつくようにして先輩は泣き出した。小さい子が泣くみたいにしゃくりあげて嫌や嫌やと首を横に振る。無理やり引き剥がすなんてことできひん俺は小さな先輩の頭を見つめて、花先輩を思い出しとった。不謹慎なんかもしれん。美穂先輩が俺のことほんまに好きなんは知っとった。振った時にはなかった罪悪感が今さら湧いてくるのは、誰かを好きになることの辛さとかを俺もよう知ってるから。
そんでもやっぱり、俺には花先輩しかおらへん。あの人のことが好きでしゃあない。自分でもおかしなくらいあの人が好きなんや。だから、例え遊びやとしても、俺はこの人の気持ちには答えられん。

「光…ウチ、光のことほんまに好きなんよ」
「…すんません」
「謝らんといて、謝らんといてよ光」
「……」
「なあ光、…お願い…」
「……それきいたら、もう諦めてくれはりますか?」
「…諦めるよ」
「わかりました。それで、何ですのん?」

そう聞いた瞬間、先輩の顔が上がり俺の目と合った。白い手が俺の襟を掴み、自分の方へと寄せる。俺はされるがままに体を傾け、そのまま先輩の唇に触れた。先輩は俺の頭の後ろに手を回し引き寄せ、より深く口付けようと唇を押し付けてきた。舌で唇をなぞられたかと思えば、口内へと入り込んでくる。先輩は目を閉じ必死に俺を求める。なのに、俺はやけに冷めていた。ああ、何で俺はこないなことしとるんやろ。行き場のない両手をだらりと下げたまま、俺は花先輩を思った。




プルルル

「んー?メール…誰やろ?」

光かな。そう思いメールを開くと、そこには知らないアドレス番号。アド変か何かやと思ったら、不思議なことに本文が書かれていない。誰かのいたずらか、間違いメールかもしれへん。まあええわ、そう思って携帯を閉じようとした時、ふたたび携帯が鳴った。

「えー、何やねん」

閉じかけた携帯を開く。新着メール一件、画像添付されとる。同じアドレスからやった。今度こそ、何の用事やろう思ってそのメールをすぐに開き、画像を確認した。

「………」

わけが分からんことに、わたしの両目からは突然あり得へん量の涙が次々溢れてきた。
人間は、驚いた時も涙出るねんな。そんなふざけたこと考えながら、今しがた送られてきたメール画面を見つめる。
今日は、ほんまは光と遊びに行く予定やった。それを数日前にドタキャンされて、一日中家の中に閉じこもっとったからまさか光の姿を見るなんて思いもせんかった。それも、こんな形で。

四角い画面の中には、わたしのあげたリストバンドをしてベッドの上に横たわる光と、女の子がいた。

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