ハナサキ | ナノ


「はあ?何で宅配ピザ食べとんの?」
「だって食べるものなかってんもーん」
「花も帰ってくるん遅かったし」
「せっかく買い込んだんやに最悪や!ピザはもちろんサラミやんな!」
「いや、シーフード」
「な、ん、で、や、ね、ん!」

……俺、どないすればええんやろ。とりあえず先輩の家(っちゅうか部長の家)に上がり込み、キッチンへと案内された。するとそこには部長と同じ顔した女が二人、テレビを見ながらピザを貪っていたわけだ。この二人が、部長の姉と妹らしく、花先輩はそんな二人の姿に何故かご立腹でぐちぐちと文句言うてはる(主にピザのことについて)

「ちゅうか、花ちゃんに彼氏おったんやなあ」
「ほんまやわ。しかもむっちゃイケメンやん。よかったな」
「彼氏ちゃうわ……ってことはないけど、余計なお世話や。わたしらは今から夕飯やからピザ娘らはどっか行ってくださーい」
「ここウチらの家やでー」
「せやでー」
「うっさいわあ。ほら、しっしっ」
「しっしってされたー。傷つくなあ」
「ほんまやわ。まあしゃあないからリビング行ったるわ」
「リビング隣やん!アホやん!」
「あんまりキッチンでギシギシアンアンせんといてや〜」
「誰がするか!もう部屋戻って。ほんまに」

先輩がツッコミに回るという珍しい光景を何も言わんと見てると、やがて部長の姉と妹はピザの箱を抱えて部屋を出ていった。すれ違いざま、姉っぽい人に「まあごゆっくり」って言われた。それは、まあお言葉に甘えることにする。

「あんな従姉妹でほんまごめん」
「先輩によお似てはりますわあ」
「うん、全然うれしない」
「ちゅうか腹減って死にそうっすわ」
「そういえばわたしもや。急いで作らなあかんし…ちゅうかこの時間なら蔵も帰ってくるんちゃうかなあ」
「…先輩、早よ作ってください」
「……何で」
「先輩と部長と三人で食卓囲みたくないっすわ」
「奇遇やな。わたしもや」




「蔵、帰ってこおへんかったなあ」
「そっすね」
「メールしとくかなあ」
「…ほんま先輩ら仲ええですね」

がしゃがしゃと食器を洗う先輩の手がぴたりと止まった。先輩は食べるのが早い。俺はまだ先輩の作ってくれはったハンバーグを三分の一ほど残しとるんやに。

「何や光、嫉妬しとるん?」
「…アホちゃいます?」
「なんや、かわいないなあ」
「かわいい言われてもうれしないっすわ」

最後の一口をようやく口に入れ、食器を重ねて先輩の元へと持っていくと「そこに置いといて」と流しを指された。

「…先輩」
「なにー?」
「さっき俺が嫉妬したって言うたらどう思いました?」
「なんや、やっぱ嫉妬しててん」
「そうやないやろ、…ええから答えてや」
「…せやなあ。光がヤキモチやきなんは知っとるし」
「(俺、ヤキモチやきて思われてるんか)」
「光はどう思ってほしかってん」
「はあ?」
「わたしが喜ぶんでも期待したん?」
「…それ、アホですやん」
「光はアホやん」
「やかましいわ」
「よしっ、皿洗いしゅーりょー」
「……」
「よっしゃ、部屋で録画した吉本でも見るでー!」

先輩はくるりと反転して、俺の裾を引っ張った。あー、ほんまこの人マイペースやわ。ほんまは嫉妬してたやなんて、絶対に言えへんし。
俺を引っ張っていった先輩はリビングのソファーに腰を下ろし、チャンネルに手を伸ばした。楽しそうに鼻歌を歌いながらテレビ画面を見つめる。気付いたら、裾を握っとった先輩の手はどっかに行ってしもうてた。それが何となくさみしくて、同時に気に食わなくて俺は思わず先輩に手を伸ばした。

「先輩」
「んー」
「ここ」
「…は?」
「ここきて」
「え、普通に無理やろ」
「…あー、もうしんどい」
「え、しんどいて…なななな何するんよ光!」
「ちょ、暴れんでくださいよ」
「暴れずにおられるかい!」
「うっさい」
「…ひ、ひいっ!何すんねん、ひかひか、光!」
「ちょっとは大人しゅうできんのですか?」
「せやかて、こないなこと、首くすぐったいわ」
「……」
「ちょ、光。痛いし、噛むなあいだだだだだ」
「……すんません」
「……光?」

心配そうに先輩は俺の方に顔を向ける。「どないしたん」と優しい声で問い掛けられた。俺は何も答えんと、ただその首元に顔を埋めて先輩を抱きしめた。

「…千歳先輩に」
「千歳?」
「俺と先輩の仲が進展するのに二ヶ月かかるって言われてん」
「何やそれ」
「千歳先輩の勘はよお当たるんすわ」
「勘て…アバウトやなあ」
「ちょっと、焦りました。すんません」
「…おん」
「先輩はよお分からんからどないしたらええか分からんくなんねん」
「分からんくなるって…そんなん流れやん。しかもあんだけいろんな子と付き合っといて分からんて純情ぶらんといてや」
「……嫉妬ですか?」
「…悪いん?」
「悪ないです。むしろ、なんや嬉しいっすわ」
「…光」

呼ばれて、顔を上げたら至近距離に先輩の顔があった。そしてただでさえ近い距離がやけにスローモーションで距離を縮めていく。
触れた先輩の唇が震えているのが伝わった。

「……」
「…千歳の勘、ハズレや……んっ」

先輩が言い終わらんうちにその唇に噛み付いた。やわらかい。温かい。そんで、やっぱりちょっと震えている。だけど俺は何度も何度も角度を変えて唇を合わせた。目を少し開いたら先輩の顔は真っ赤に染まっていた。目をかたく瞑って、俺のキスにこたえる。
先輩、先輩、先輩。何度も心の中で名前を呼ぶ。

「ちょ、光。タンマ…」
「タンマなし」
「無理、やって…」

タンマを要求する先輩を無視して俺は口付ける。しばらくそれを繰り返した後、ちゅっとリップ音を立ててようやく顔を離すと、先輩のその目には涙が溜まっていて俺の嗜虐心を煽った。

「先輩、へたくそですわ」
「……うっさいわ」
「泣きながらキスしとるとか、やらしい」
「うっ…」
「そない下手くそやと恥ずかしいですよ?」
「…光としか、せんからええもん」
「っ……いちいち可愛いこと言わんでくださいよ」
「言うてへんし、可愛いのは元からや!」
「ほな、俺が教えたりましょか?」
「は……?」
「キス、教えたりますよ」
「い、いらんいらんいらん!」
「ふうん。ちゅうことは先輩は一生下手くそなままってことですね」
「わ、悪いん?」
「別に。どうってことありませんわ」

そう言ってやると、先輩はますます顔を赤くして俺を睨んだが何にもならない。怖い怖くないとかそういう問題やなくて、これはただの上目遣いにしかならへんから。

「ほな!」
「何ですのん」
「教えれば、ええやん!」
「はあ」
「光がそないキスに自信あんのやったら教えてみればええやん!」
「先輩、自暴自棄やな」
「やかましいわーい」
「ま、ええですけどね」
「お、おおう…」

くすりと鼻で笑い、先輩の体を一旦俺の膝の上から離した。真っ直ぐに俺を見つめてくる先輩。どう苛めてやろうかと少し考えてから、俺は口を開く。

「…ほな、先輩。口開けてくださいよ」
「口?」
「口です。あ、そない思い切り開かんくてええですよ」
「あー」
「ああ、それくらい。で、目瞑ってくれます?」
「んー?」

言われた通りに先輩は口を少し開き、目を閉じた。俺はもう一度くすりと笑ってからそっと先輩に近づく。

「先輩は、もっと俺を疑わなあきませんよ…」

ああ、唇が触れる。そう思った瞬間、突然リビングの扉が開かれた。

「帰ったでー」
「……」
「……あ」
「…どういう状況やねん」
「あ、蔵。遅かったやん」
「おん。…て、自分その反応はおかしいやろ」
「あー…部長、死ねばええのに」
「は、怖っ!何言うてんねん」
「あ、蔵。お腹空いたんちゃう?今ハンバーグあっためたるでー」

ひょこりとソファーから立ち上がった先輩は、俺そっちのけでキッチンの方へと駆けていった。取り残された俺…と部長の間には不思議な空気が流れる。
あー、ほんまタイミング悪いわ。

「部長、タイミング悪いわあ」
「んー、…まああれやわ」
「はあ?」
「詳しいことは、夕飯の後にじっくり聞いたるから」
「何言ってはる…」
「泊まってくやろ?財、前?」


初めて、部長を怖いと思った。


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