ハナサキ | ナノ

二ヶ月。財前と花の仲が進展するまでの時間たい。部活後の部室で千歳先輩に言われた台詞や。これを聞いて部長とユウジ先輩は大爆笑してはった。ちなみに謙也さんと花先輩はその場にはおらへんかったんやけど、むっちゃ腹立った俺はテニスボールをユウジ先輩に向けて思い切りぶん投げた。ごつん、と鈍い音が鳴りスローモーションでユウジ先輩が後ろに倒れる。小春先輩が「ユウくーーん」って叫ぶ。あー、ざまあみろ。
それにしても、腹立つ。この人ら絶対に楽しんどるやんな。ちゅうかそんなことより何より……進展まで二ヶ月て。なっがっ。長すぎやろ。俺らまだ健全に手繋ぐくらいしかしてへんのに、そっから次のステップまで二ヶ月て…。ありえへん。
まあ俺が一歩踏み出せばいいっちゅう話やねんけどそれができひん俺はヘタレなわけやな。あー、なんかもうええわ。しゃあない。何がしゃあないんか分からんけど、しゃあない。

「なあ光、今日買い出しせなあかんから付き合って」
「は?先輩いつの間にいたんすか…。ちゅうか今日は部長らと帰るんちゃうんですか?」
「何や蔵は小石と大会のオーダー決めるらしいで。もうすぐ地区予選やん。謙也は用事あるらしいわ」
「ふうん。まあええですけど」
「っしゃ!めっちゃ買い込まなあかんかってーん」
「荷物は持ちませんよ」
「荷物持ち以外に光の存在意義が見当たらん」
「えらい失礼なこと言うてますよ先輩」
「たまには仕返ししたらな気がすまん」
「何の仕返しやねん」
「日頃の鬱憤?」
「何で疑問系なんすか」


とりあえず部室を出て近所のスーパーに向かう。


「玉ねぎとひき肉とー」
「…まだ買うんすか?」
「光おるからドーンと買ってくわ。あ、醤油も切れてたわ」
「買い物袋ぶつけたろ…」
「何か言うたー?」
「言うてませんわ」
「…あ、せや。光も今日夕飯食べてく?」
「は、何で?」
「今日おじさんおばさんおらへんから、蔵姉と蔵妹のみやねん。蔵も帰るん遅いやろし」
「部長、姉妹おるんでしたっけ」
「せやでー。ほんまそっくりな姉妹や。で、どないするの?」
「んー、ほなお邪魔させてもらいますわ」
「へいへい」



「あ、花やん」
「ほんまやー、花やー」

「え……げえ」
「げえって酷いわあ」
「今日は光くんも一緒なんやね」
「ちわっ」
「何かっこつけてんねん……あいだっ」
「どないしたん?」
「な、何でもあらへんわあ。…覚えとけ光」
「忘れますわ」
「…へえ、二人とも仲ええんやな」
「せやなあ」

ばったり出くわした先輩の友達。その人らは俺と関わりのない人らで少し安心した。まあ俺の評判は聞いてはるんやろうけど。
先輩の友達に興味も何もないから適当にあいさつして調味料のコーナーをぼんやり見ていると、隣からはきゃっきゃと楽しそうな声が聞こえてきた。
そしてそれに混ざって聞こえた言葉に俺は自然と顔を向けた。

「ほんま仲ようしとって安心したわあ」
「せやで。うちらむっちゃ心配しててんか」
「光と仲よし?冗談は止めてや〜」
「せやかて、花って光くんのこと嫌いやったんなあ」
「うんうん。一緒に買い物しとるなんてレアやわ」
「わたしどないやねん」
「まあ幸せそうで何よりや」

それからまたしばらく話をすると先輩の友達らは「お幸せに」とか何とか言うて去っていった。
手を振るその人らに会釈をする俺の隣でカートに手をかけた先輩は何故か突ったっとる。
俺は、どないしたんやろうかと思って顔を覗き込んだ。それでも先輩は動かんくて、少し心配になってもう一度先輩の顔をよう見る。すると驚くことに先輩の顔はほんのりと赤に染まってはった。

「先輩?」
「…え、ああ。早よ買って帰ろか光!」
「…顔、赤いっすわ」
「!あ、赤ないしアホ!ちゅうか人の顔覗きこまんでよ」
「だって先輩全然気づかんかったし」
「ええ、うん、なるほど…」
「…照れてはるん?」

そう聞いた瞬間、先輩がバッと顔を上げて俺の方を見た。ええ反応やな、と軽く笑いそうになるのを堪えて、もう少しいじめてやることにした。

「幸せそうやって。確かに先輩はアホ面かましてますわあ」
「ア、アホ面は光の方やん」
「どこが?先輩なんてゆでダコみたいに真っ赤になってはるのに」
「言うなアホ!むっちゃ屈辱やねんから!あー…もー…」
「先輩ほんまに飽きひんなあ」
「いっそ飽きてほしいわ…」
「飽きられたいん?」
「いや…やっぱ飽きひんといて」
「どないやねん」
「もうええから買って帰ろ」

そう言いカートを押しながらレジへダッシュする先輩の耳はさっきより赤くなっとって、俺はその後ろ姿を見ながら口元を緩めた。
あないに可愛くて素直やなくて照れ屋な人もなかなかおらへんやろなあ、なんて考えてしまう俺はとことんアホなんやと思う。


「結局こうなんねんな…」
「アホ言わんでください。俺かて両手ふさがっとるししかも醤油入っとるんですよ」
「わたしかてみりん持ってるわ!」
「こんな買い込む先輩が悪いんすわあ」
「くそう…マネージャーパワー発揮やあ!」

変な声を上げながら、先輩はよたよたと歩く。その体と持っている荷物があまりにも不釣り合いで、なんやおもろかったからそんまま見てた。
それでも、しばらく歩くと先輩はほんまに疲れたんか荷物を地面に置いて自分の両手を見つめ始めたからさすがに手伝っやろか思って先輩のおるとこまで歩いてった。

「ほんま小さいっすわ」
「背丈の話かい。ええねん、これから伸びるから。銀くらいまで伸びんねんで」
「そんな彼女は嫌っすわあ」
「わたしも彼氏が自分より低いんは嫌やわあ。千歳くらいまでがんばりや」
「あないでかかったら不便やろ」
「まあ…否定はできひんなあ」

うしっ、と気合いを入れ直し袋に手をかけようとする先輩から二つの袋をかすめ取って、代わりに俺の持ってた軽い方の袋を差し出した。すると先輩は、ぽかんとした顔をして俺を見上げた。一応、差し出された袋は手に取って。

「それがアホ面って言うんすわ」
「何をう!」
「ええから早よ帰りましょ。腹減りましたわ」
「しゃ、しゃあないなあ」
「何がしゃあないんや」
「よお分からん」
「先輩いつもそればっかやな」

右手に二つ、左手に一つ袋をぶら下げて俺は歩き始めた。数歩進んだあとに先輩が駆けてくるのが分かって、振り返ろうとしていた体を再び前へと向ける。
先輩は、ただ黙って俺の後ろに着いてくる。あー、先輩の家ってこっちで合っとるんなあ?
すっかり暗くなった空を、何となく仰いでみた。

「光」
「…何すか」
「それ重ない?」
「ぜんざいよりは重いっすわ」
「比べるとこおかしいやろ」
「先輩は重ないやろ?」
「お、おん。重ない」
「まあそれで重い言うてたらはっ倒しますけどね」
「何やと」
「冗談っすわ」
「どうせ本気やろ」
「さあ」
「……」
「……」
「……なあ光」
「何ですのん」
「あんまり…」
「はあ?」
「あんまり好きにならせんといてな」

驚いて立ち止まった。そこはもう先輩の家やった。



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