ハナサキ | ナノ


先輩と手を繋いだことはない。抱き締めたのは、何やかんやあったあの日以来ないし、もちろんキスなんてしたことあるわけない。その先なんて言うまでもない。
白石部長に「花とはどうなんや」って茶化された時にそう言うたら「自分、ほんまに財前か!」って言わはった。どういうことやねん、馬鹿にしとるやろ、完全に。アホ言われるんは許せても、馬鹿にされるんは許せへん関西人の心意気が分かっとるんか。あの絶頂男は。
先輩に触れて、もし嫌われたらって思うと怖いんや。へたれで悪いか。俺は、あの人んことが好きなんや。

まああの人はそんな俺の気持ちなんかこれっぽっちも理解してへんけど。


「先輩、帰りますよ」
「うげっ…光。何であんた三年の教室にいてるの」
「うげっ、てわざわざ迎えに来たった優しい後輩にとる態度ですか?」
「来いなんて言うてへんし!残念ながら今日は蔵と謙也と帰りますー」 
「はあ?何でやねん。お前、今日は財前と帰る日やろ」
「ええやん別に。気分や気分」
「…謙也さんらと帰りたい言うて、部活ない日は俺と帰るっちゅー制度作ったんは先輩やろ。我が儘言わんと行きますよ」
「……」
「花、早よ行き」
「…蔵までそう言う」
「明日は一緒に帰ったるから、今日は財前と帰り。やないと死ぬぞ、謙也が」
「もう遅いっスわ」
「ぐおっ……く、くび締まっとるる」
「裏切り者は死ねばええんや。謙也さんごときが俺より上とかあり得へんし」
「花、止めたり。謙也がほんまに昇天すんで」
「いっそ昇天すればええわ」
「何やと…うえっ、ざいじぇん」
「先輩の許しも出ましたしほんまに締めさせてもらいますわ〜」
「…はあ、しゃあない。帰るで、光」
「…分かりましたわ」
「…っ、はぁ…三途の川が見えた…なあ白石、俺生きとるんなあ」
「おお、生きとる生きとる。死にかけとったけどな」
「こんのアホ財前!何考えとるんや……て、もうおらんがな」
「さっき花と出てったで」
「あのカップルほんまあり得へん…俺の寿命が縮むわこないなことしとったら」
「んー、思ってんけどな」
「何や、白石」
「花って、ツンデレやんな」
「せやな、俺もそう思う」






「ほんま先輩何なん」
「しつこいっちゅーねん、財前ざい!」
「そんな俺と帰るの嫌なんすか」
「い、嫌や!」
「ほな、何で俺と付き合ってんすか?しゃあない思て付き合ってくれとるんすか?」
「そ、れは…そういうわけちゃうけど」
「やったら、何でや。言うてもらわな納得できひん」
「それは言わへん!」
「言えや」
「嫌じゃボケー!」
「言え」
「いーやーや!っちゅーねん。ほんで繰り返し言うけど、わたし先輩やからな」
「繰り返し言いますけど、先輩に威厳が足りひんのちゃいます?」
「むっかちーん」
「何やその効果音」
「わたしのボルテージや、むっかちーん」
「はいは…っ、ちょお先輩!」
「な、何やの……ぎゃあっ」

赤信号やのに飛び出そうとした先輩の腕を咄嗟に引いた。
その横をでっかい音立ててダンプカーが通り過ぎていく。

「あっぶなー…」
「!」

先輩の腕を掴んだまま走り去って行ったダンプカーの方を見とったら、先輩にぱしりと腕を払われた。はっとして先輩の方を見ると先輩は俺とは反対方向むいとる。
少し、イラっとした。それと同時に、重い鉛玉を体にくくりつけられたみたいにずんと体が重なって、一気にテンションが下がるんが自分でも分かった。

何やねん。そんなに俺のこと嫌いなんか。引いたった手、振り払うくらい。

「何やねん自分」
「な、何がや」
「意味わからへんわ。ほんまむかつく」
「光…?」
「絶対、別れたらんから」

信号が青になったから、先輩を後ろに置いたまま歩きだした。むかつく、腹立つ。でもそれ以上に、何や痛い。別れたらんなんてよう言うたよな。向こうから別れよー言われたらどうしようもできひん、ヘタレやのに。
ほんま、もう謙也さんのこと馬鹿にできんわ。何でやろ、あの人んこと好きになってから俺はおかしなった気する。こんなん言うんはキャラやないし、余裕ないし、触れられへんし…それどころかやっと先輩の彼氏ってカタガキついて死ぬほど幸せやっちゅうねん。
まあ、そんなん言わへんけど。

「…!」
「ひ、ひか」
「……」
「光、歩くん速すぎやわ。追いつかへんし、また赤信号なるしダッシュしたっちゅーねん。ちゅーか可愛い彼女を置いてくってどういうことや!」
「…先輩があかんのやん」
「…何が」
「知らへんし。もう俺、先帰るから着いてこんとって」
「ちょお、光」
「……」
「待てって言うとるやろタコー!」
「……」
「光!」
「……」
「光光光」
「……」
「…シカト、せんでよ」

追いかけてくる先輩の足音がとまる。
俺も止まる。振り返ると、先輩の泣きそうな顔。

「光、何でそんなにやけとるんよ」
「…にやけてへんし。にやけとるんは先輩の方やん」
「わたしのどこがにやけてんねん。泣きそうや、アホ」
「何で泣くん」
「やって、光が置いてくで…」
「……」
「だから何でにやけるんよ」
「…先輩、俺に置いてかれて泣くん?」
「その質問に逆もどりする理由がわからへん」
「先輩、俺のこと好きなんや」
「な、そ、れはまた別の…」
「顔真っ赤で説得力ないですわ」
「なんで、そういうこと…」

先輩は真っ赤になった顔で俺の目をじっと見つめたまま固まった。可愛い。先輩が、俺に置いてかれて泣きそうになって、俺のことが好きで照れて真っ赤になって。ああ、もう何でこの人はこない可愛いの。やっぱり、俺の頭がおかしいんかな。
さっきの重いのが嘘みたく軽くなった手を、先輩の頭にそっと伸ばした。

「何で、帰りたない言うてたの」
「…それは」
「言うて」
「…ひ、光がな。その、今まではこんな風ちゃうかった…やん」
「よう分からんのやけど」
「だ、だから、光のこと意識するんが、はずい言うてんの」
「…は」
「今までは、財前のアホーとか言うてたのに、なんやかっこええなあとか思ってまうんが恥ずかしいんや。それで」
「…もう、ええですよ」
「光のことは…好きやねんで」
「ええって言うとるやん。それ以上言わんでください」
「なんで…」
「それ以上言われたら、死ぬ気するわ…」
「な、何やねん!言えって言うたり言わんでって言うたり…」
「ほんま、もうええから」
「……」
「何や、俺アホみたいやな…」
「…アホやな」
「うっさいわ」
「自分で言うたんやろ」
「あー、おん。せやけど…とりあえず帰ろ」
「…ん」
「なあ、先輩」
「なに?」
「手、貸して」
「…ん」
「あったかいな」
「光ん手が冷たいんやわ」
「まあちょうどええんちゃいます?」
「んー、…せやね」
「……」
「光」
「何ですか?」
「好きや」
「……知っとるし」


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