パシテア | ナノ

カカシ班は任務中に暁と接触。戦いの末、敵一人を倒し風影奪還に成功したそうだ。ただ、

「カカシが、相手にやられて重傷らしい。ぎりぎり一命は取り留めたがこのままじゃいつ死ぬかも分からない状態だ」
「カカシ、が・・・?」
「ああ、そうだ」

八日目の朝、わたしはシカマルに呼び起こされて目が覚めた。五代目が呼んでいる、と。何かあったのか、とシカマルに聞いてもあいつは首を傾げるばかりでおかしいとは思っていたんだ。だけどそんなまさか、カカシが。
わたしが予想していた嫌な予感は、まさに今現実となっている。

「そ、それでカカシは今どこに・・・」
「サクラが応急手当をして、今は木の葉病院でシズネが・・・・って待て、おい」

五代目の話を最後まで聞かず飛び出した。だってカカシが。どうしよう、怖い怖い怖い失いたくない。どうしてもカカシだけは失いたくない、どんなものにも変わらない。譲れない。だってカカシはたった一人、世界で初めてわたしを見てくれた人。好きだって思えた人。

「・・・・っ、カカシ・・・」

今までに無いくらいの速さで走った。木の葉病院の場所は知っている。わたしはここで、初めてカカシと出会い木の葉の里に厄介になることになったんだ。思えば、わたしとカカシの出会いは最悪だった。今まで出会ったどんな男よりも腹が立って、絶対にわたしのこと好きにさせてそれでこっぴどく振ってやろうって、そう思っていた。


『ま、俺が君に惚れるのはあり得なーいね。悪いけど』
『何をゥ!』
『何なら賭けてもいい。俺が君に惚れるより、君が俺に惚れる方が早いと思うなあ』
『何でそういう話になってんの。絶対絶対絶対にあり得ない。あんたなんか大嫌いだっ、イーッ』


あの時カカシが言った言葉。今は本当にその通りになった。わたしはカカシを落とすどころか、わたしがカカシに惚れちゃって、大嫌いって言っていた言葉が大好きになった。
それに気付いた時は、すごく癪だったけど最近じゃそれでもいいかなあって思えるようになっていた。カカシに触れられるのは嬉しくて、何より名前を呼ばれるのが幸せだった。そのことを、好きって言葉と一緒にカカシに伝えたくなった。

だけど、わたしはまだ何も伝えていない。好き、もありがとうすら伝えていない。カカシが帰ってきたら言おうってあの日決心した。だからずっと待っていた。なのに、

「ちゃんと帰ってくるって、約束したくせに・・・・」

走って走って辿り着いた木の葉病院。一旦止まって、息を整えるとまた足に力を入れて病院の中へと駆け込んだ。看護士さん達が、走らないでください、と注意する声も今は聞いていられない。病室を一つ一つ、はたけカカシという名を探して走り回る。

カカシ・・・・カカシ、はたけ・・・・あった。

十何個目かの病院の個室。そこには、はたけカカシと書かれた名前のプレートがあった。わたしはドアに手をかけ思い切り開く。バタン、という大きな音に、部屋の中にいたナルトやサクラやサイ、他にもアスマや紅が驚いた顔でこちらを見た。はあはあと、乱れた呼吸を唾を飲み込んで整えた。ぐっと喉に力を込めて、やっとのことで声を絞り出す。

「カ、カカシは・・・」

その言葉を聞いた瞬間、皆一様に目を反らして苦しそうな顔をする。そして、少し戸惑ってからサクラがゆっくりとわたしに近づき、口を開いた。

「あのね、ななしさん。カカシ先生は・・・」
「カカシ、どこ・・・」
「カカシ先生は」
「カカシはたった今、息を引き取ったよ」

紅がサクラを遮ってそう言った。と、同時にわたしの体は崩れ落ちた。息を引き取った。つまり、それは。

「さっきまでは何とか持ちこたえてたんだけどね。出血も多かったし、意識も戻らなくてたった今」
「・・・・ぅ、・・・そだ・・・」
「・・・・ななし」
「カカシ、死んだなんて、嘘だ。だって絶対帰ってくるって、ちゃんと・・・」
「・・・カカシ先生は、暁の一人にやられて。それで・・」
「ずっとななし姉ちゃんのこと心配してたってばよ」
「・・・・嘘だ・・・」

涙も出なかった。ただ、サクラやナルトの言葉が頭の中で何度も何度も繰り返し回っていて、その言葉の意味を理解するにつれて苦しくなった。
嘘だ。カカシが死んだなんて、信じたくもない。暁の誰かがカカシを殺したの?そいつのこと、殺してやりたいほど憎いのに昔の顔がちらついて憎みきれない。きっと、サスケもこんな気持ちなんだろう、イタチを殺すってのは。こんなに苦しくて痛くて、仕方ない。

「・・・なんで、死ぬの・・・」
「・・・・ななしさん」
「言いたいことあるって、言ったのに、わたし聞いてないよ。それに、わたしだってまだ言ってないのに。何で勝手に一人だけいなくなるの・・・?」

紅が、わたしの背中をそっと抱きしめた。その手の温度は、カカシのものじゃない。違うよ、紅じゃない。わたしはカカシがいい。カカシに抱きしめてほしいんだ。

「・・・好きなのに、初めて好きになった人なのに、初めてわたしを見てくれた人なのに何で死ぬんだよぉ、バカカシィ・・・・。好きって、言いたかったのに・・・」

もう、誰もわたしに何も言わなかった。慰めることも、声をかけることもしなかった。しんとした病室に、わたしの声だけが響いている。

「カカシ、カカシ・・・好きだよカカシ。だからいなくならないで、ずっと一緒にいて。我が儘も言わない、男の人に瞳術かけたりもしない。だから・・・」


好き


そう言って、ようやく涙が出た。ぽつり、ぽつりと溢れてはわたしの足を濡らした。手で擦っても袖で拭いても止まらない。乾かない。ただ、悲しくて仕方なかった。



「・・・・ちょっと、やり過ぎたかな」
「・・・・・・え」

聞き慣れた声。いつものように後ろから聞こえてきて、だけどわたしを振り向くことができなかった。振り向くことが怖かった。今、確かにカカシの声がしたけど、もしかしたらこれはただの幻かもしれない。会いたくて仕方ないわたしが生み出した、ただの・・・

「ななし」



ひょいと、両脇に腕を通して持ち上げられわたしの体が宙に浮いた。そしてくるりとカカシがわたしの体を反転させる。目の前に映ったのは、額当てと口布で顔を隠したカカシの顔。唯一見えている右目とわたしの両目がしっかりと合った。

「カカ、シ・・・」
「意地悪してごめーんね。ただいま、ななし」

いまいち、状況の整理ができない。カカシが、いる。死んだはずのカカシが。どうして?だってカカシは任務で暁の奴等にやられたって。
わたしは思い切り体を捻って、サクラ達の方を見た。するとそこにはにこりと笑いピースサインをするみんなの姿があった。わたしはカカシの方へと顔を戻して、聞く。

「ど、どういうこと、これ」
「んー・・・ま、どっきりって奴かな」
「どっきり・・・ってどっきり。どっきりイイイ?」
「えへへー、迫真の演技だったでしょ、ななしさん」
「ななし姉ちゃんの焦った顔面白かったってばよー」
「まあ少し良心は痛んだけどね」

口々にそう言う、奴等。カカシは「まあ、そういうこと」と言って笑っている。そういうこと・・・って、そういうこと?

「今までの、全部・・・嘘ってこと?」
「ま、任務に行って暁と遭遇したってのは本当だけどね」
「じゃ、じゃあ暁の奴を倒したってのは・・・」
「それもホント」
「・・・・そっか」

カカシは、ふっと笑ってわたしの体を地面に下ろした。

「何で、こんなことしたの」
「んー。あんまりななしが頑固だからさ。サクラ達に協力してもらったのよ」
「協力・・・?」
「そ、ななしに好きって言わせようってね。これで勝負は俺の勝ち」
「ひ、・・・・卑怯だ!」
「勝負に卑怯もクソもないって言ったでしょ。それにお前もお前だよ、俺の気持ち考えたことある?好きな女が家にいて、俺にも欲ってのあるのに」
「それにしても・・・・わたしがどれだけ心配したと思ってるんだバカカシ!少しは反省しろ、バカ、本当にバカ!お前なんか大嫌いだ!」

カカシを叩こうと振り上げた右手。しかしそれはいとも簡単にカカシの手によって捉えられ、そして思い切り引き寄せられた。
カカシの腕の中にすっぽりと埋まったわたしは、始めは抵抗していたけどそれも止めて空いた方の手でカカシの背中に腕を回した。
すると、カカシもわたしを掴んでいた手を離してわたしを思い切り抱きしめた。

「大嫌い、じゃないでしょ」
「・・・・カカシが、帰ってきたら、言おうと思ってんだよ・・・」
「うん、なあに?」
「・・・・・っ、カカシ・・大好き・・」
「・・・うん。俺もずっと言いたかったよ、・・・大好き」

わたし達のこの雰囲気を察したのか、紅達は抱きしめ合ってるわたし達の横を通って病室を出ていった。去り際に「今度、焼き肉でも奢れよ」とアスマに言われて。

今や二人きりになった病室、わたし達はずっとそうしていた。


「・・・・ねえカカシ」
「ん、どうした」
「カカシはいつからわたしのこと好きだったの?」
「んーそうだね。居候始めてすぐ、くらいかな」
「うえ、嘘!」
「ホントだよ。何、ななしはいつ頃よ」
「・・・・気付いたのは、割と最近」
「あー。じゃあこの勝負本当ならお前の勝ちだったんだね。ま、結果的には俺の勝ちだけど」
「ずるい!この卑怯者、・・藤木!」
「それは前に聞いたよ」

そう言ったところで、ようやく二人の体が離れた。こんなに長く抱き合っていたことなんて無いってくらいにそうしていたのに、わたしはそれでも離れてしまうのが名残惜しくてずっとそうしていたいとか思ってしまう。これはもう、何ていうか病気だ、きっと。そしてわたしはバカだ。

「勝負に勝った方が何でも言うこと聞く・・・」
「・・・そ、そんなこと覚えてたの、カカシ」
「当たり前でしょ。さて、じゃあ何を聞いてもらおうかなー」
「別に思いつかないなら今じゃなくても」
「なーんて、本当は考えてたんだけどね」
「何なんだよお前!」
「ねえ、ななし」
「・・・へ?」

突然、真剣になった表情のカカシ。真っ直ぐにわたしに向き合ってくる。わたしは相変わらず顔を上に向けてカカシの話を聞く。

「・・・・もうこの先、絶対に他の男に変な幻術かけないこと」
「え、そんなで」
「他の男をたぶらかさないこと。ふらふらしないこと。家事の手伝いをすること。あとは・・・もう少し我が儘言わないようにする、それと」
「普通に一つじゃないじゃんバカカシ。というかまだあんのか」
「結婚しようか」
「結婚?ああはい分かりました・・・・・結婚!?」

ハハ、とカカシは笑って「期待通りの反応してくれるなあ」と言った。だってそりゃ驚くよ、結婚て・・・・あれだよね。結婚。教会とかで契りを交わす・・・じゃなくて。わたしがカカシと、結婚・・・?

「どうせななしは住む所も無くて一緒に住むんだし、それでもいいかなって前々から思ってたんだよね」
「ええええ、でもそんな突然ええええ」
「勝負に勝った方の言うことを難でも聞く、でしょ。ななし」

そう言って、カカシはわたしをもう一度抱き寄せ顔を近づけた。それにつられるようにして、わたしも精一杯背伸びする。だけどやっぱり届かなくて、カカシはいつものように少し屈んだ。

「ね、ななし。返事は?」
「・・・・・ん」
「いい子」

唇同士がぶつかり合う。柔らかくて、このままどこか行ってしまいそうなそんな感覚。やっぱり好きだ。
カカシ、カカシ。わたし今すっごく幸せだよ。これまでに無いってくらいに幸せ。カカシと出会って、勝負が始まって名前を貰って居候なんかもして。この何ヶ月かで、この先の人生分くらい泣いた。カカシに出会うまでの人生が恵まれていなかったとは思わない。だけど今ほど恵まれていることは、きっと無かった。

「あー、俺お前に二回も名前あげちゃったね」
「ん、どういうこと?」
「だってお前、はたけななしになるんでしょ」

そう言って笑ったカカシにつられてわたしも笑った。
ねえカカシ、あの時わたしを捕まえてくれて、本当にありがとう。これからもずっと、側にいようね。

「カカシ好き!」
「ん、俺もだよ」


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