パシテア | ナノ

朝起きたらサスケはもういなくて、だけど二人分の朝食が隣の部屋に用意されていた。仕方なく一人でご飯を全部たいらげて、それを片付けにきた女将さんに聞いてみた。すると「お連れ様は今朝方早く宿代を置いて出発されたようですが、何処へ行ったのかは存じません」と丁寧に返してくれた。
宿代を置いて朝早く出発って・・・、そんなことをされたらわたしは救われないじゃないか馬鹿サスケ。何でそんな行儀良くいなくなるかなあ。


「ありがとうございましたー、ご飯美味しかったです」
「はい、是非またお越し下さいね」

ロビーで女将さんやその他の従業員に挨拶をしてわたしもようやく宿を出た。ちなみにわたしの分の宿代もサスケが払ってくれたらしい。そんな余計なことしてくれなくたってわたし最初から宿代なんていらなかったのに。

「・・・・帰るか」

くるりと足を看板の矢印が指す方向へと向けた。何か、足におもりつけてるみたいに重い。先に真っ直ぐ続く道を見て思わずため息が出た。
あーあ、帰ったところでサクラに会わす顔が無いし、そもそもわたしはどこへ帰るんだろう。居候生活は終わった筈なのに、なんとなくカカシに会いたい。



* * * * *



「あ、コテツにイズモ」
「え・・・ななしちゃんじゃないか!いつの間に里を出てたの?」
「うん四日・・・五日前くらいに。それより通ってもいい?」
「おう、通ってくれ。今やあんたも木の葉の里の一員だからな」
「ありがとう」

笑顔で二人の前を通り抜ける。前は見張りを騙して通ったこの場所。今は問題なく通れるから不思議な話だ、時の流れって早いな、うむ。
そんなことを考えながら大きな門をくぐって少しした所で、後ろからコテツの声がした。

「今度、飲み会一緒に行きましょうねー」

振り返り、にっと笑って手を振る。一瞬見えた二人の顔はほんのり頬を赤くして笑っていた。

「・・・あー、本気で可愛いよなななしちゃん。つき合いてえ」
「お前もかよイズモ。・・・だけどあれカカシ上忍のなんだよなあ。残念だよほんと」
「え、カカシさんの?」
「知らなかったのか、今すごい噂になってるけど」
「でも、そうか、あー・・カカシさんかー」
「ま、諦めな。俺もだけどさ」


そんなやり取りを交わす二人の会話。実はわたしにはうっすら聞こえていた。地獄耳じゃない、あいつ等の声がでかいだけだ。
だけど、何でかわたしおかしいかもしれない。前はこんな風に言われたらすごく喜んで優越感に浸っていた筈なのに、今はちっとも嬉しくなんかない。当然よフハハハハ、なんて高笑いもする気にならない。何だか変だ。

「うーむ、わたしどうしたんだろう。突然変異かな。逆に不細工とか言われたら喜ぶのかも・・・。あ、ちょっと道行く青年、わたしに向かって不細工と言ってみたくれないかね」
「え・・・、ぶ、ブサイク?」
「・・・・・」

やっぱり違いました。普通にむかつく。というわけで青年には瞳術で女装姿のイズモとコテツに追いかけられる幻を見せておいた。自分で言えっていったくせに!とかそんなの関係ない、うむ。

「・・・・あ」

しばらく歩いていると、わたしはいつの間にかカカシの家の玄関先にまで来た。全くの無意識でわたしの足はここに行くことを選んでいた。もう三日間の居候生活は終わったから、ここに来る意味なんてないのに。
だけど宿を出てから今までの間ずっと、考えているつもりはない筈なのにカカシが浮かんでくる。カカシに会って、話を聞いてほしいっていう思いが胸の中から離れない。

じゃあ、この戸を開ければいいのに何だかその勇気もない。だって、もし開けてまだカカシが任務から帰ってきてなかったら・・・それはまだいいや。それよりも、もし「何でお前いるの」なんて言われたら、怖い。でも、――わたしはカカシの家に帰りたい。

「・・・うああ、面倒だ。わたしこんな面倒な性格だったっけ・・うん、違った。相手の迷惑顧みずズカズカ入ってた」
「・・・」
「どうしよう、紅の家は・・・・アスマいるかも。それに、・・あああ」
「・・・」
「カカシ寝てたりしないかな、それならこっそり入れるのに」
「お前それわざと?」
「うあっ!」

肩が大きく揺れた。咄嗟に振り向くと、そこには買い物袋を手にしたカカシがいた。え、ちょっと待っていつからいたの。

「なんか久しぶりだねー」
「え、ちょっ、カカシいつから」
「んー、お前が叫びだしたあたりからかな?どう見ても不審者だからね、お前」
「ふ、不審者って言うな!それよりカカシいつ帰ってきたの?」
「昨日。それよりこんな所じゃ近所迷惑だから中入って」
「え、ああ、うん」

何というか、あっさり入れた。カカシは「台所にこれ置いてくるからななしはそのへんに座ってて」と言って去っていってしまった。二分前の悩んでいた可愛い自分を二、三発殴ってやりたいくそう。
とりあえず居間のカーペットの上に座って辺りを見回す。何だか、初めてカカシの家に来た時よりも緊張するのは何でだ、・・ってもうそういうこと考えるの止めよ、わたし。

「なんか懐かしい・・・」
「何言ってんの、たったの五日でしょ。お前がいなかったの」

荷物をしまい終えたのか、カカシはよっこらせと言いながらわたしの前に腰を下ろした。目のやり場に困ったわたしは、じっとそのカカシの仕草を見ていると笑われた。

「おとなしいね、今日」
「・・・別に、いつもおとなしいもん」
「・・・・サスケ、連れ戻しに行ったんでしょ」

ぴくりとわたしの体が動いたのをきっとカカシは見過ごさなかっただろう。「その様子じゃ、失敗したみたいだけど」と、そう言って続けられた言葉にわたしは不覚にも泣きそうになってしまった。ぎゅっと唇を噛みしめるとすごく痛くて、それはそれで泣きそうになった。わたし馬鹿かもしれない。

「サスケは、帰らない、って」
「・・・そうか」
「サクラが、サクラがサスケと一緒にいたいっで言っだがら・・・」
「うん」
「ザグラば、どもだぢだか、ら・・・っ、サズゲを・・・っ」
「連れ戻そうとした?サクラのために?」

こくりと頷いて鼻水を啜った。既に涙声で濁点の量が半端無いわたしの声。そんなわたしをカカシは馬鹿にすることもなく優しい目で見つめていた。

「進歩したよなあ、お前も」
「?」
「自分のことばーっかの自己中だったのに」
「失礼だよ、ガガジ・・・」
「ななし」
「・・な、に」
「サクラも誰も怒ってなんかないから大丈夫だよ」

ぶわっと涙腺からこみ上げたそれは、耐えきれずにこぼれ落ちた。ハハ、とおかしそうに笑うカカシの手がわたしの背中を抱き寄せて赤子をあやすようにぽんぽんと手のひらでたたいた。わたしは泣きやむどころかますます大きな声を上げて泣き始めてしまった。

「サクラに会わす顔が、なっ、ないっ・・・んぐっ」
「だから平気だってば」
「サスケは、苦しい思いしてて、可哀想で一人ぼっちで、今も」
「可哀想?」
「うん・・・ふっ、わたしカカジ殺ぜないもっ」
「・・・何物騒なこと言ってるの、お前。というか何の話よそれ」
「うえええ」
「近所迷惑だよ、お前の叫び声」

ぽすん、と頭を叩かれた。わたしはぎゅっとカカシの背中に手を回す。カカシの前ではどんなことも許されるような気がして、泣くことができる。安心できる。ぼろぼろと涙が落ちてはカーペットに染みを作る。

「ふぐっ・・・うっ」
「・・・・はー。本当にお前は無茶苦茶な奴だね。でも・・・」


「本当に可愛い奴だね、お前」


わたしの泣き声はぴたりと止んだ。


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