パシテア | ナノ

「・・・・誰だ」
「うあっ、気付かれた」

最小限に消していたつもりの気配。わたしより数メートル先にいる男はそれに感付き歩む足を止め、振り返りわたしを見た。真っ暗闇に赤い瞳がよく映える。

「何の用だ、去れ」
「へぇ、・・・生意気な口の利き方。聞いた通りだな、うむ」
「・・・・お前、何者だ」
「へへっ」

それを聞いて、木の上から飛び降りサスケの目の前に姿を現す。お土産屋で買った黒いマントから顔を覗かせサスケを見ると、サスケは一瞬だけ目を大きくさせたがすぐに表情を戻した。無表情はイタチそっくりだ。

「どーも。赤髪と言います」
「赤、髪・・・?」
「知らなくてもいいよ。これから知ろうよ、お互いね」

一歩、サスケに近寄りその後頭部に腕を回し至近距離でサスケを見つめる。「何のつもりだ」と眉間に皺を寄せ問われたが、無視。にこりと微笑んでから、サスケの黒髪を掻き上げた。

「さあサスケ・・・一緒に帰ろう」

いざ瞳術をかけよう。と瞳に力を入れた所で、わたしの視界は塞がれた。いつかのカカシのように、手のひらで目元を覆われて。只でさえ暗い視界が本当に真っ暗になってしまった。見えない。

「ぬあっ」
「無駄だ、その程度の瞳術は俺には効かない」

サスケはそう言うと、押さえる手のひらの力を緩めた。わたしは、その瞬間サスケの手を払いのけてひらりと後方へ身を交わしマントを脱ぎ捨てた。ふふっ、どうだかっこいいだろう。わたしはマントを脱ぎ捨てたいがためにこれを土産屋で買ったのだからな。ちなみに2500円もした。

「・・・?」
「やっぱ瞳術は意味無いか・・・。まあ大体予想はついてたけどさ、こうもあっさりだと何だかなあ」
「俺に何の用があってきた。下らない用件ならすぐに去れ。俺は眠いんだ」
「まあまあ、そう言わないでさ。仲良くしようよサスケ」
「断る」

・・・・むっ。このガキ生意気な。わたしの誘いを断るとはいい度胸してるな。サクラこんな奴のどこがいいんだよ、顔だけじゃないかこんな男。
腕組みをして考えていると、わたしを放置したままサスケは背を向け去っていく。・・・・・・ピキンときました。カチンときました。わたしはサスケの背中目がけて駆けだした。右足を強く踏み込み飛び上がる。足を振り上げ、サスケを蹴り落とそうとしたその瞬間、わたしの視界からサスケが消えた。

「え」
「無駄と言った筈だ」
「うああああ」

気がつくとわたしの首にはサスケの腕が絡みついていた。ぐえっ、苦しい。というか何だこいつどっかで覚えがあるぞこの態度・・・。涼しい態度でこのわたしをあしらい子どものような扱いをする。わたしより年下のくせに。・・じゃなくて、えーと。

「!お前はカカシか!アホサスケ」
「カカシ・・・?」
「へ?」

カカシ、という言葉に反応したサスケをくるりと見上げれば、さっきよりもますます眉間に皺を寄せ怪訝な顔をしていた。サスケ、カカシと知り合いなのかな。
疑問に思ったわたしは、両腕で首に回ったサスケの腕を掴みぐいっと引き離した。そして体ごとサスケの方を向く。

「サスケ、カカシと知り合い?」
「・・・・違う」
「嘘だよね」
「・・・かつての上司だ」
「上司、カカシが?ああ、道理で似てる筈だね。その無表情さとか態度とかむかつくくらいそっくりだ」
「うるせえよ、ウスラトンカチ」

ウ、ウスラトンカチだと・・・。初めて言われた。というかウスラトンカチって何だよ、ウスラトンカチって。酷い。と、ショックを受けている間にもサスケはまたしてもわたしに背を向け去っていこうとする。ただ、さっきと違うのは数メートル先まで進んだ所でぴたりと止まり振り返ってわたしを見たことだ。蹴られると思ったのか、サスケ。
不思議に思い見ていると、口元をふっとつり上げてサスケは笑い、口を開いた。

「俺に用があるなら行くぞ、ウスラトンカチ。眠いって言っただろうが」
「ウスラトンカチ言うなバカサスケ。大体わたしの方が疲れたっつーの。あんた探して走り回ってたんだから」
「知るか。さっさとしねえとまた置いてくぞ」
「そんなことしたら蹴るぞ」
「そん時は本当に絞めてやるよ、首」

悪戯っ子のような目でわたしを挑発してくるサスケに、一瞬見惚れた。あ、いかんいかん駄目だ。これじゃあ逆だ。わたし何のためにわざわざこんな所まで来たんだ。大きく横に首を振ってからわたしは「絞め返してやる」と軽口を叩き、前を歩いていくサスケを追いかけた。・・・サスケはやっぱり、カカシに似ていると思う。

「サスケ、今日どこに泊まるの?」
「野宿」
「うぞっ!」
「嘘だ。この先に宿屋がある。今日はそこに泊まる」
「・・・その宿屋、男の人が経営してるかな」
「?どうしてだ」
「いや、ちょぃとこっちの事情でね」



* * * * *


「ぷはっ、ご飯美味しい」
「・・・そんなに食うと太るぞ」
「いやあ、サスケに会う前に変なもの食べさせられちゃってさ。やっぱりほ乳類の肉は美味いね」
「・・・それはよかったな」

二人して次々と箸を進めていく。小さな宿屋だから、すごく豪勢な料理ってわけじゃないけどまあ許容範囲、と言うか今は何を食べても美味しくて幸せだ。特にこのキノコのソテーは美味しすぎる。キノコ万歳、キノコに祝福を!

「キノコ美味しい!」
「突然うるせえよ。俺はもう食い終わった」
「美味しいものは美味しいからね・・・・っておや、サスケくん。ご馳走様なのに黒豆の甘煮が残っていますよ」
「・・・・」

そう言うと、サスケは顔をぷいと背けて黙ってしまった。にたり、さてはサスケ甘煮が嫌いだな。そうとなったら、

「食えええええ好き嫌いは許さんぞおおおお」
「うわっ、てめぇ、近づくんじゃねえよ」
「食べなさい、職人さんが腕によりをかけて作った甘煮!残したら泣くよ。わたしが」
「何でてめぇが泣くんだよ!それならそれはお前にやる、お前が食え。俺は甘いもんは嫌いなんだよ!」
「甘いものが嫌いだと。それは兄ちゃんとは随分違うな」

箸で黒豆を摘み、逃げるサスケを追って部屋中をどたばたと駆け回っていた。そんな騒々しい空気がわたしの一言でピタリと止まり、サスケは驚いた顔をしてわたしを見る。今にも瞳孔が開かんとする目はわたしを捉えて離さない。

「お前・・・兄貴を知ってんのか」
「・・・・あ」

言われてはっとした。そうだ、サスケはイタチのことをずっと追い続けてそして里も抜けたんだ。わたしがイタチと関わりのある風を見せればこういう態度を取るのは当たり前じゃあないか。迂闊だった。サスケは箸を持つわたしの手を握り、詰め寄ってきた。その顔が余りにも必死で、少し悲しくなる。さっきまではワイワイやっていたのに楽しそうだったのに、結局の所サスケは復讐しか見えていないのだと思わざるを得なかった。

「知っていることは全て教えろ。お前は何者だ。何故俺を連れ帰そうとした。イタチとはどういう関係が」
「ちょ、ストップ。サスケ一旦落ち着いて」
「さっさとしろ」
「・・・・あーあもう」

とりあえずそこ退いて、と左手でサスケの額を押し戻し机の上に箸を置いた。「甘煮が・・・うん、美味い」残ったサスケの甘煮は結局わたしが食べた。サスケはそんなわたしの姿を焦れったそうに見ている。まあそうだろうけどさ、何だかなあ。

「とりあえず」
「何だ」
「風呂に入ろう」
「!ふざけんなよ、お前俺のことナメてんのか?何ならこの車輪眼で無理矢理聞き出してやろうか」
「熱くなりすぎ。やっぱりサスケはカカシに似てない」
「どうでもいいんだよ、ンなことは!」
「わたし、イタチとは知り合いで、どっちかっていうと仲が良いよ」
「・・・!」
「事情は知ってるし、ちゃんと話してあげるから焦らないでよ。元から風呂入った後に話すつもりだったんだからさあ、まったく」

パシリとサスケの額を叩いた。それっきりサスケは俯いてしまって顔を上げようとはしない。少し落ち着いたみたいだから、わたしは今のうちに風呂に入ってこようと思う。ここからは話が長くなりそうだし、うむ。

「今日は色々疲れたからゆっくり汗を落としたいの。男ならそれくらい察しなさい。それじゃ」

俯いたままのサスケを置き去りにして、わたしは浴場へ向かうべくゆっくりと立ち上がった。


パシテアと黒髪

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