パシテア | ナノ

「カカシ、もっと丁寧にぶあああってやって」
「・・・・というか、何で俺こんなことやらされてんの?」
「今日は疲れたから腕があがらなーい」
「ま、あんだけ走り回ればそりゃね・・・」

ブオオ、とうるさいドライヤーの音。両膝を着いて、少し高い所から胡坐をかいて座るななしの長い髪を乾かしてやる。これにもこだわりがあるらしく、毛先から乾かしていかなくてはならない。らしい。
適当に指で絡めて梳きながら風を当てると、するりと指の間から擦り抜けていく。さすがにこだわってるだけあるな。

「お前さ、今日見てて思ったけど力弱いよね。技を躱すのはびっくりするくらい上手いけど」
「女の子だから、力なんていーらない。それに避けるの上手くないと、もしこの顔に傷つけられたらどうするのさ」
「そういうことね・・・、ま、忍術は人並みだったけどな。というかあの程度でよく今までふらふら放浪できたよな、お前」
「今バカにしたよね、絶対バカにしたよね」
「捕虜になったりしなかったの?」
「捕虜ー?」

大方乾いた。あとはタオルを巻いて自然乾燥させるらしい。近くにあったバスタオルを手繰りよせて、ななしの頭に被せてやる。これでひとまず俺の役目は終わり。

「で?」
「んー。捕虜はなったことあるけど」

この目があるからね、と自分の両目を指さした。ああ、なるほどね。便利な目が、ね。
ななしから少し離れた所に俺も胡坐をかいた。ななしはくるりと振り返り、俺たちは今向かい合うようにして座っている。何というか不思議な光景だな。

「・・・・瞳術ってさ、どんな感じなのよ」
「何、瞳術かけてほしいの?どM?気色悪いな」
「いいから」
「・・・何でそんな怒ってんのカカシ、昼もそうだったけどなんか怖いよ」
「怒ってなんかないよ。たださ、お前無防備すぎなのよ。ここが俺の家ってわかってる?」
「何、今さら・・・。大体、カカシわたしに興味無いって言ったじゃん」
「そんなことないけど」

トン、とななしの右肩を押すと不思議そうな顔をしたまま後ろに倒れた。その口が、「なに」と小さな声を溢す。左腕をとり、強く握れば口をきくことも忘れ目を見開く。

「お前の瞳術、効果の継続時間が操れないんだろ?こんな状況でそうなったらどうすんの」
「だ、大丈夫だもん。男にはちゃんとそういうことしたように見せて・・・」
「ふざけんなよ」
「なっ・・、カカシに怒られたくない、そんなのわたしの勝手なんだから口出さないでよ」

頭に血が昇るのが分かった。らしくないことは知っている、確かに俺には口出しする資格が無い、それも知っている。だけどどうしてか許せない、感情が高ぶる。きっと俺は人が思うほど冷静沈着な人間では無い、のだろう。
先ほどよりも更に腕を握る手に力を込めて、ずい、と顔を近付けるとななしは泣きそうな顔をして俺を睨んだ。

「だって、わたし頼る人なんていなかったもん・・・今までずっと平気だった。悪いことしてない」
「じゃあ、今みたいな状況になったらどうするんだ?瞳術が通用しない相手に押し倒されて、お前の力じゃ解けないよ」
「それ、は・・・」

力を緩めて、ななしの上から退いた。頭の上から落ちたバスタオルを拾い上げ、再びななしに被せてやる。と、それを掴みゆっくりと起き上がったななしが俺に向かって蹴りをくりだした。

「何すんのよ」
「こっちのセリフだ、バカカシ!」
「お前の危機感の無さを身を持って知ってもらっただけだよ」
「怖かっだ!」
「男ってのは怖いもんなの」
「カカシは男じゃないもん」
「何それ・・・ショック。じゃあ俺ってなんなのよ」
「カカシは・・・」

言わない。そう言って顔を背ける。その顔を覗き込んでやろうかと近づくとバスタオルを頭から被り握り締めて離さないものだから見えない。

「もう寝る。今日カカシ、ソファーで寝て」
「だから何でそうなるの」
「わたしのこと脅した報い。ベッドじゃなきゃ寝ない」
「じゃあ一緒に寝る?」
「なんっ、絶対絶対いやだ」
「アハハ、嘘だーよ」

ぽす、と頭を撫でてやってから寝室を出た。まああいつの居候も明日までなんだから、譲ってやるよ。さっきとは打って変わって、気持ちが穏やかだ。あー、こんなんじゃ忍失格だな。うん。

「おやすみ」
「・・・んー」

間延びした返事を背に、寝室の扉を閉めた。さて、じゃあ俺は晩酌でもしてから寝ようかな。確か冷蔵庫にツマミが入っているはずだ。

「ビールビール、っと」

ぷしゅっ、と音を立てて封を開けたビールを口に注ぐ。よく冷えたそれが、渇いた喉を冷たく潤していった。この季節はこれだな、やっぱ。一息ついて、随分静かになった部屋を見渡す。ついこの前まではこれが普通だったのに、やけに寂しく感じる。

「ま、明日からはまたこうなんだけどね」

もう一口、注ぐ。すると、丁度空になったようだ。今度は冷蔵庫の中から取り出しておいたキムチをつまんだ。からん、と箸の転がる音が響く。やはり、静か。
やり過ぎたかなあ、と転がった箸に手を伸ばし思う。でも、あいつも本当に馬鹿すぎると思うわけだ。いくら俺と言えども男であることに違いはない。・・・というか、あいつにとっての俺の位置って何?何処?俺にとってのあいつは?・・・・・・難しいね、どうも。

「もうちょい、単純な筈だったけどなあ」

そうだ。そのはずだ、あいつは突然やってきた変な女。ただの居候。でも、俺にとってのあいつを表す言葉。心当たりがないわけではない。それを認めたくないだけで。・・・というか、認めたら負けになっちゃうんだよねえ。
とは言えどう考えても、このキモチ?カンジョウ?って・・・・。ま、とりあえず保留ってことで。それにあいつに知られるのも癪だからね。

「なるべく離れてないと危ないかーもね」

一人、苦笑いをしていたら廊下から足音が聞こえこの部屋の前でピタリと止まった。そしてその扉がゆっくりと開き、その向こうからななしが顔を覗かせる。

「ん?どうした?トイレ」
「ち、違うわバカカシ。も、もう寝る?」
「んー、そうね。そろそろ寝ようかな。何で?」
「い、・・」
「い?」
「一緒に寝てもいいけど」
「・・・」
「だ、だってカカシ任務で疲れてるからソファーは嫌だって。わたしもソファーは嫌だから、っていうか、ああああ。何か恥ずかしい。恥ずかしい。やっぱり今の無しで、うん無し」

身振り大きく、ななしはそうまくし立てた。俺は思わず吹き出してしまい、それが不満だったのかななしは何も言わずバタンと大きな音を立て扉を閉め寝室に帰っていった。廊下からは雄叫びが聞こえてくる。「死ねええ、カカシなんて死んでしまえええ」それを聞いて再び笑いが込み上げる。本当に、困った奴だね全く。やっぱり保留は無しだな。
俺、あいつのことすっごく好きみたいだ。


パシテアの気持ち?

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