パシテア | ナノ

わたしにとって見た目を否定されるというのは、わたし自身すべてを否定されるのと同じことだ。



「俺はお前が容姿に固執しているようにしか見えないんだけど。そこまでお前が求める理由って一体何なの」

カカシは、わたしの核心をつく。右目がいつもの穏やかなそれと違って何だか怖い。見透かされているような感じがする。

「ま、言いたくなかったらいいけどね。ちょっと興味があっただけだから」
「・・・・わたしは、自分しか持ってないからね」
「・・・どういう意味」

決して言うつもりではなかった筈の言葉が、何故か口から溢れた。意志とは関係なく、わたしの唇は動き始める。これはもう最後まで止まらない気がする。

「物心ついた時には両親はいなかったし、拾ってくれたばあちゃんも早くに死んだから。周りの子にはみんな家族がいて、自分自身を見た目とかそんなの関係なく褒めてくれる人がいたけどわたしにはいなかったから」

わたしが知っている限りでは、わたしに親はいなかった。だから、それが寂しかったり苦しかったり辛かったりすることは今までずっと無かったんだ。ただ、羨ましかっただけで。
同じくらいの歳の子、彼女たちにはみんなお父さんとお母さんがいた。一緒に公園で遊んだり、手を繋いで出かけたり、すごく幸せそうでわたしはそれが羨ましかった。
わたしには、わたしがいるということを証明してくれるものが何も無くて、わたしの持っているものはいつだってわたしだけだった。可愛いね、と綺麗ね、と言われることでしか自分がいるってことを感じられなかった。

「だけど、不幸じゃなかったよ。死んじゃったとは言え、おばあちゃんはわたしを本当の子どもみたいに育ててくれたし食べる所も住む所もあったもん。あんな戦争の時代に捨てられた赤ん坊が生き残るなんてのは希な話だからね」

そう、不幸ではなかった。両親がいる子から見て、わたしは親のいないカワイソウな子だと映ったかもしれないし、フツウとは違う子だと映ったかもしれない。だけど、わたしにはわたしがあったから。美貌ってのは使い方によれば、何よりも強い武器になるということをわたしは幼いながらに知っていた。

「カカシがわたしの容姿を否定するのは、わたしにとってはお前なんていない。って言われてるようなものだから。カカシの質問の答えはそんなところ・・・だと思う」
「・・・ナルトみたいだね、お前も」
「ナルト・・・」

気付けば、カカシの目はいつもの穏やかなものに戻っていた。そしていつもより一段と優しい口調で話し始めた。

「ナルトも、あいつは親を知らない。しかもあいつは九尾の妖狐を腹に飼っているんだ。だから周りの視線も随分と冷たいものだったよ。だけどあいつはいつだって認めてもらいたくて必死だった。お前みたいにな」
「別にわたしは必死なわけじゃないけど」
「・・・突然やって来たお前にナルトの話をしたり俺が意見言ったりするのもどうかとは思うけどな、お前は強いよ」
「ん。・・どういうこと」
「俺はね、別にお前の容姿に惹かれてるとかそんなんじゃないけど、でもお前のこと嫌いじゃないよ、てこと」

ちゃんと認めてるから、とそう続けてカカシはにこりと笑った。何だかやけに胸が苦しくて痛くて、顔がぐにゃりと歪むのが分かった。今、多分すごく不細工な顔してるぞ、わたし。

「カ、カカシ・・・わたしの第一印象最悪って言ったじゃん」
「あくまで第一印象でしょ。俺とななしが出会ってからもうすぐ一ヶ月になる」
「わたしのこと自己中とか我が儘とか言うじゃん」
「それは本当のことでしょーよ。ま、それもななしの性格だから」
「怒らないの」
「何に」
「そんな性格で」
「怒ることじゃないからね、怒る理由があるとしたら人の家に上がり込んで部屋物色したことな」
「すんません・・・」
「・・・・ん、素直でよろしい」

ぽんぽん、とカカシの右手の平がわたしの頭を撫でた。それがすごく嬉しくて、その瞬間わたしは、昔、友達がお父さんに頭を撫でてもらっていた光景を思いだした。夕方になったからもう帰ろうか、と手を引かれ歩く後ろ姿をわたしはたった一人でいつだって見送っていた。寂しかった。足下の小石を蹴飛ばして歩くなんて、本当はできなかった。可哀想に、と一つずつ拾ってばかりいた。

「カ、カカジー・・・・」
「何泣いてんの、まったくお前は」
「な、涙ば女の武器だぼん」
「そんな変な顔してたら武器になんなーいよ」
「変な顔っで言うだ、バガガジー」

袖でごしごしと目を擦って鼻を啜ると、ずびっと汚い音がした。カカシは呆れて笑ってる。こんなんじゃ、本当にカカシのことなんて落とせないよね。
そう思ったけど、でも違うか、と思い直した。だってカカシはわたしの見た目じゃなくてわたしの中を見てくれてるんだから。きっとカカシは笑ってくれる。

「うあああああ」
「あー、もう。子どもみたいな泣き方しない、近所迷惑でしょ」
「さみ、さみじかっだもん、ずっど」
「うん、分かってるから」
「ひ、ひとりぽっぢ、だっだもん」
「知ってるよ、でも今は違うでしょ」
「カカジ、は本当にわたしのごどきらいじゃないの」

そう聞くと、涙でぼやけた視界の向こうでカカシが今日一番に優しく優しく目を細めて笑った。

「だから、嫌いじゃないってば」
「ん・・・ぐっ・・・ひっ」
「はい、もう泣きやむ。もう二十二でしょ、ななし」
「いまは、ごさい・・・」

バカ言わないの、とカカシがわたしを抱きしめた。きっと、お父さんがいたらこんな感じなんだと思う。温かくて胸がほかほかする。肉まんみたいな、そんな感じ。

「カカシ、肉まんみたいだよ・・・」
「え、どの辺りが。というかこの流れで肉まんなのね、お前の頭の中」
「ほかほかで、冬の救世主・・」
「俺別に体温高くなーいよ」

そういうことじゃない、とは言わなかった。何となく恥ずかしかったから、カカシの体温が肉まんみたいってことでまあよしとする。
それよりも、泣きすぎて鼻の奥が痛い。つんとする。

「泣きやんだ」
「ん」
「じゃあ夕飯の買い物でも行くよ、冷蔵庫何も入ってないから」
「・・・目腫れてるだろうから行きたくない」
「じゃあ、俺行ってくるからななしは大人しく待っていること。あ、部屋荒らさないように忍犬置いていくから」
「何でそんな信用ないんだ、わたし」
「ま、ななしだからね」

カカシはわたしを抱きかかえたまま立ち上がり、わたしの脇下に手を入れて丁寧に床に下ろした。前に五代目の所へ行った時とちょうど同じだ。カカシはこういう所がやさしい。

「その辺りで荷物の整理でもしてな」
「ん」
「じゃ、パックンよろしくね」
「任せておけ」

行ってきます、とそう残してカカシはカカシの家を後にした。この家にいるのはわたしと・・・いまいち可愛くない犬一匹だけ。

「・・・・寝る」
「そうしてくれると助かる。拙者の手を患わせなくて済むからな」
「ワンちゃんに世話してもらうほど落ちぶれてないもん」
「そうか、じゃあ拙者も眠るとしよう」

近くにちょうどカカシのベッドがあったから、わたしはそこに倒れこむようにして寝転がり、目を閉じた。犬も、ぴょんと飛び乗りわたしの横でくるまった。それからわたしが眠ってしまうまではあっという間だったので、わたしはカカシがいつ帰ってきたのかをよく知らない。目が覚めた時にはもう、美味しそうなご飯が並べられていた。


「カカシ・・・」
「・・・・参ったね、どーも」


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