先輩 | ナノ

「で、結局放課後までここに居座ったわけね、山田ちゃん」
「時間が経つのって早いんだネ」
「いやいや、ネ、じゃないからネ。先生そろそろ帰りたいんだけどネ」
「ダメ教師、大量に溜まったこの書類はどうするんだ。そして先生は部活の顧問だろ」
「あーあーあー聞こえませーん」
「良い年こいてあーあーじゃない!もじゃもじゃ!」
「コラ山田!今のは傷ついたぞ」

そう言って子供のように近くにあった苺牛乳の空パックを投げ付けてきた。
何だかもうこの人と会話すること事態が馬鹿らしくなってしまった。

「一瞬でも先生を頼ろうとしたわたしが馬鹿だった…クッ」
「はいはい、もういいから帰れよお前〜。どうせ部活だって行かねえんだろ?」
「…んー」

突然先生が真面目になってそう言ったから、わたしは思わず目を反らした。
自分ではあまり認めたくなかったけど朝の土方先輩の言葉にわたしは少しだけ、ほんの少しだけ傷ついたみたいだ。
だってまるで責めるようにあんな怖い顔で言うんだもん。 

わたし、そういうのすごく苦手だ。

「先生…やっぱさ、わたし部活辞めようかなー」
「…何で?」
「わたし確かにやる気、無いと思うし…剣道部は一応全国区じゃないすか。だから邪魔なのかなーと思って。土方先輩も怒らせたっぽくてこの先行きにくいし」
「ふーん」
「先生軽いっス、ススススス」
「気持ち悪い笑い方止めてくんない?」

気持ち悪いとか言うなよゥ、あんまりドゥ…。あ、これじゃ某漫画のダメ俳人じゃないか。
パタリ、と頭を机の上に倒すと、上から先生の手が降ってきた。
そしてわしゃわしゃとわたしの髪をかき回す。

「山田でも悩む時あんだな〜」
「…あんまりドゥ」
「まあ、よく分かんねえけどお前が辞める必要はねーよ。土方くんは誰に対してもああだしな」
「でもなー」
「それにアレだよお前、悩むってことは、少なからずお前が心の中で部活続けてえって思ってるってことだろ」
「…わかんないけど」
「まあウジウジしてても始まらねえよ。山田頭あげろ」

そう言うと先生の手がわたしの髪を鷲掴んで上に引っ張った。

「いだだだだ、痛い、ハゲる、先生になる」
「だーから先生はまだハゲてないっつってんだろ。ほら、さっさと準備しろ」
「え…脱げばいいですか」

言った瞬間スパーンと頭を叩かれた、痛い
冗談で言っただけなのに全く天パコノヤローが。
仕方なく鞄を拾って立ち上がり、パンパンとスカートを払った。

「行くぞ」
「え?送ってくれるの?」
「バーカ、今から部活だろーが」
「…あ゙?」




「ひーじかーたくーん」
「……」

抵抗するわたしを半ば無理矢理ここ(体育館)まで連れてきたダメ教師。
生徒はみんなもう稽古を始めていて、なかなかうるさい。

「ひじかたー!マヨネーズー!さっさと来いコノヤロー」
「テメェに指図されたかねんだよダメ教師イイイ」

こんなうるさい中なのに、先生の声はちゃんと土方先輩まで届いていた、多分テレパシー的な何かだと思う。
まあそれはいいとして、汗をタオルで拭いながらこちらに向かってくる先輩の目付きはやっぱり怖い。
こんなとこまで連れてきた銀八コノヤローを恨まずにはいられないよ、これ。

「あのさ土方くん、山田が何か土方くんに話あるみたいだよ」
「…ぬっ!」

慌ててぐるりと先生の方を見た。
その顔の目と口はにんまりと歪められていて、まあがんばれよ、的な表情が伺えた。
あれ絶対馬鹿にしてるよ楽しんでるよ。
道理でおかしいと思った、先生がこんなに親切だなんて。
いつもなら「勝手にしろよ、俺には関係ないね」くらいのことを言うはずだ。
つまりは先生、わざとこんな状況を作って、わたしがあたふたするのを楽しむつもりだったんだ!

「そういえば先生はSだった…!」
「あぁ?Sだぁ?」
「あ、何でもないです」
「…話って何だよ」
「あ、それは、ですね」

上から低い土方先輩の声が降ってきて見上げれば、真っ黒の綺麗な目と視線があった。
慌てて反らして先生の方見たらもういない。

あんにゃろ…!
今度絶対に殴ってやる!

「(殴る殴る殴る、グーで)」
「……」
「(パーでもいく。スパンといく)」
「…用事ねえなら稽古戻りてぇんだ。早くしろ」
「あああ、す、すびばせん」
「…」

土方先輩の視線を頭のてっぺんに感じる
ええと、ええと、わたしは何を言えばよかったんだっけ…。
ああああ早くしないと稽古に戻られてしまう!いや、その方が都合良い…じゃなくてエエエ!

「(何で百面相してんだコイツ)」
「せ、先輩…!」
「何」
「先日はミーティング行かなくてすみませんでし、た。時間知らなかった辺りは教えてくれなかった山崎氏が悪い、け、ど…わたしも責任感なかったとちょっとは思ってるわけで。押しつけた先輩もコノヤローだけど、」
「ミーティングの件はもういい、総悟も遅刻してきたし時間知らなかったんじゃしゃーねーだろ」
「あ、あとそれと…」
「…何だよ」

先輩が少し目を細めてわたしを見た
深呼吸しよう…一、二、三…

「わたし、部活、辞めたくないっす」
「あ?」
「そりゃ初心者だしやりたくて入ったわけじゃないし先輩は瞳孔開いてたりゴリラだったり怖いし」
「ほお…言い残すことはそれだけか山田」
「ちょ、待って先輩!それだけじゃないですって。あー、そう!始めは面倒だとも思ってたけど最近は少し興味が湧いたんです、よ。もう練習サボらないし(多分)一生懸命やるから(多分)本当にごめんなさいい」

わたしはがばりと頭を下げた、もうこれは心を込めて、というか反射だ。
先輩の顔が怖いからの反射だ。
頭を下げたまま、ぎゅっと目を瞑っていたらその頭の上にポン、と手が置かれた。

「もういいだろィ土方コノヤロー。どうせ最初から辞めろなんて思ってねーくせによー副長辞めちまえ」
「総悟!テメェまた遅刻かいい加減にしろコルァ!お前こそ辞めろコノヤロー」
「あー、全く弱い犬ほどよく吠えるたぁこのことだねィ、ちっとは黙ってられないんですかィ?」
「誰が弱い犬だもっぺん言ってみろ総悟オオ」

騒ぐ土方先輩を相手にもせず、沖田先輩…はポンポンと再びわたしの頭を叩く。
今日は何かと頭を太鼓にされるな。
わたしはゆっくりと頭を上げ、叩かれていたところを右手で抑えた。

「先輩用事あったんじゃないんですか」
「可愛い可愛い後輩のために戻ってきてやったんでさァ、ありがたく思いな」
「…ふははは」
「気持ち悪りい笑い方すんじゃねえよ」
「ありがとう、ございます…」

小さくお礼を言うと、おう、と返事をして先輩は山崎氏たちの方へと行ってしまった。
先輩が部活にやってきたのはきっと偶然以外の何でもないんだろうけど、わたしはすごくすごく助けられたような気がしてうれしかった。

「話は済んだか、山田」
「うげ、土方先輩」
「うげってお前…チッ。…この前は、吊し上げみてえなことして、悪かったな。志村たちも本当は気にしてねえ、つかアイツ等はいつもああだからよ」
「…」
「部活のことも、気にすんな。悪かったな…」
「…」
「オイ、…何か言」
「ぎゃああああ土方先輩に謝られたああああ」
「何でそうなんだよオオ!!」
「殺されるウウウ!」
「誰ににだああああ」
「そんなの友だ…」

言い終わる前に、ポケットの中で携帯が震えた。
恐る恐る観覧席に目をやると、友達・先輩・マネージャーが素晴らしい顔をしてわたしを見つめていた。

……おわた!

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