先輩 | ナノ

「先輩一限終わりましたよ」
「ふーん」
「…戻らないんですか」
「アンタが言えた義理かィ?」
「…せめて鞄を返してください」
「だから自分で取りゃあいいじゃねえか」

どうやって人のケツの下にあるもん取るんだコノヤロー!
とツッコんでやりたいけどグッと我慢。ただでさえわたしは土方先輩(や志村先輩)に目をつけられているんだからこれ以上敵は増やしたくない、地味に印象薄く生きていきたかったのに!(そう、山崎氏のごとく!)

「……」

それにしてもこの状況どうしようかな。
先輩は一人で黙々と携帯をいじっていて、わたしはそこから微妙な距離の場所に突っ立っている。
帰りたくても鞄が取れないから変えれない、くつろぎたくても先輩がいるからくつろげない。

(…先生早く帰ってきて!)

そうひたすら心の中で繰り返しながら神様に拝む。
と、沖田先輩が怪訝そうな顔をしてわたしの方を見た(どうやら声に出ていたらしい)

「そんなに俺と二人っきりは嫌ですかィ?」
「…正直」
「アンタ素直なら良いってわけじゃありやせんぜ、社交辞令ってもんを覚えなせえ」
「ちょっと息苦しいけど大丈夫です」
「何でさぁ、それ」

そう言って今までみたことない顔でふわりと笑った沖田先輩はとても綺麗だった。
余裕で自分この人に負けてるな、男なのに…。

「えー…、あ、先輩のその喋り方って方言ですか?」
「あ?」
「いや、変わった喋り方するので…」
「これは生まれつきでさァ」
「そうですか」
「……」

そこでまた会話が終わり静かになる。
もう!こんなに喋り下手な自分がに・く・い!
頭にこぶしでこつんとやりたい気分になった。

「あー……腹減った、アンタ何か持ってねえ?」
「え?何か?えーと…先輩の下の鞄の中にクリームパンがあります」
「…チッ、使えねえ」
「今使えないとか言ったでしょ、聞こえてますからね先輩」

すると先輩は仕方ねえな、と一言呟き(何が仕方ないんだ)わたしの鞄の上から退いた。
そしてそれと同時に、あ、と声を上げ先程とは違う携帯を手に取る(アナタ2個持ってるんですか?)

「先輩?鞄ください」
「あー、わかったわかった」

そう返すも目はこちらを見ていない。右手に持った携帯を、先程ふわりと笑ったそれともまた違うやさしい笑顔で見つめていた。

「悪りぃけど俺そろそろ行きまさァ」
「え?ああはい、突然ですね」
「今から来いって呼ばれやしてねぇ。土方コノヤローに今日は部活休むって言っておいてくだせぇ」
「えええ」
「じゃ、よろしく頼むぜ山田」

そして沖田さんは自分の鞄を手に取るとスタスタとドアの方に向かって歩いていく。
その姿を見送りながら何気なくポケットに手を突っ込むと、指先にガムの包み紙が触れた。

「先輩」
「あ?」

振り返った先輩にキシリトールガムを一つ投げつける。

「お腹減ってるって言ったから」
「…ありがたく貰っておきまさぁ」

そう言って笑った顔は、やっぱり先程のやさしい顔とは違った。

「何だか不思議な人だあ」

そう呟いてから数分した頃、ようやく先生が帰ってきた。まったくタイミングが悪いなこの天パは。
そんなことも知らず先生はさっきまで先輩が座っていた椅子に腰をかけた。

「ん?山田さっきまでここ座ってた?」
「え?何で」
「いや、温かいから、椅子が」
「あー、沖田先輩来てました」

言うと、あーなるほど、と先生は頭をボリボリと掻いた。

「で?二人で何してたんだよ。いーねー若いって、性行為とかしてねえよな?先生そんな部屋にいるの嫌だよ」
「先生教師の言う台詞じゃないです、それ。ていうか沖田先輩部活休むって言ってましたよ」
「何で俺に言うの?」
「先生顧問でしょ」
「ああ、そういやそうだっけ」

そう言うと先生はガタリともう一つパイプ椅子を取り出し、突っ立ってねーで座れば?と言ってきたので有り難く座らせてもらった。

「あ…そういえば先生」
「ん?何」
「先輩って彼女とかいるんですかね?」
「え?何で?ひょっとして山田「さっきメール見て嬉しそうな顔して出て行ったんで、ひょっとして彼女に呼ばれたのかと」…そうなんですか」

すると、んー、とか言う顔して考えた後、あ、と声を上げた。

「そういえば他校にいるって話聞いたことあるかも」
「他校に?珍しいですね」
「まあたぶんだけどね。それで?聞きたいことはそんだけ?」
「……先生は彼女いますか?」
「山田、先生を泣かせたいの?」

やっぱりいなかったなこの駄目男。
まあ、わたしもいないんだけどネ。
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