先輩 | ナノ

騒ぐ声の向こうから、相変わらず怖い顔した土方先輩と…ゴリラ?いやいや、でも日本に野生のゴリラは、…うん、とにかく制服を着たゴリラのような先輩がやってきた。
ちなみに沖田先輩はいないんだね。ふと思っただけ。いや、何となくだけどね。
そんなことを巡らしていると、いつの間にか土方先輩がわたしの目の前にいた。どアップは迫力です、土方先輩。端正な顔立ちです、土方先輩。

「志村姉、もういいだろ?山田はやる気ねーようだしそれならもう他に回せばいい話だ」
「え…?」
「お前さ、部活辞めれば?」

…は?突然この人何言ってんの?
というか、何か教室静まり返ってて怖いんだけど。

「トシ、いくら何でも言い過ぎだろ。ミーティングの時間も知らなかったようだし仕方ないだろ、許してあげようよ」
「いや、近藤さん、コイツははなからやる気が無かったみてぇだし丁度いい機会だ。練習の邪魔になる」
「こるァ、マヨ!お前言い過ぎヨ!こういうのを吊し上げって言うネ!」
「そうですよ土方さん。山田さん泣いちゃいますよ」
「うるせエエ!何ならテメェらも辞めていいんだぜ?それとも力ずくで辞めさせてやろうか?あァ?」
「おー、やってみろこのマヨネーズ、お前の脳ミソ抜いてマヨネーズ詰めてやるヨ」

そして、ふぎゃー、とかどわー、なんて音を立てながら神楽さんと土方先輩は暴れ出してしまった。
近藤…?先輩は志村先輩に意味なく殴られてるし、一方的に。
全く何なんだコレどういう状況なんだコレ、みんな引いた顔してんだけどさ。
明日から友達いなくなったらどうすんの、冗談抜きで。

「あの、さ山田さん。副部長のことは気にしなくていいから、多分」
「……」
「……聞いてる?山田さん」

あー、何か山崎くんの声が遠く聞こえる。
というか何だ?わたし友達の付き添い的に部活入って一年代表だって押し付けられて、挙げ句の果てにやる気無いなら辞めろ?
いやいや、やる気ないよ、それは認めるよ、でも何だコレむかつくふざけん…な!!

バタンッ

自分の鞄を力いっぱい山崎くんに叩きつけた。
山崎くんは蛙がつぶされたような悲鳴を上げて、そして再び教室は静かになった。

「かえる」

ふんっ、と鼻息でみぞおちを押さえて痛がってる山崎くんを退かし教室を出た。
我ながらとんでもないことした、と分かってる。
でも仕方ないじゃないか、むかついたんだから。山崎くんには悪いけどね。

「あー、もう最悪だ…」

階段をダダダダ、とかけ降りているわたしは当然変な目で見られてる。だけど、今は気にしている余裕がない。
廊下を全力疾走して下駄箱に向かっていると、前から何だかふざけた頭した人が歩いてきた。
そいつはわたしの姿を見て、「おー山田ー、廊下は短距離選手のトラックじゃねーぞ」とか言ってきた。ので、「うっさい」とそう返し横切ろうとした。

ら、見事に足を引っかけられ、それは見事にわたしは顔から地面にダイブ。
痛いを通りこして何かもう、死にたい。

「先生に向かってうっさいは無いだろーよ山田」
「……ぅっ」
「あ?何?」
「ううううう!…バカ白髪天パアアアア」
「え?何この子オオ!バカ白髪天パって何イイ」

喚き出したわたしに先生は驚いて、顔か?顔が痛かったのか?とか聞いてくるけど、別に顔が痛くて喚いてるわけじゃない。
先生、なんだかわたし、心が痛いです。

だからせめて転けた状態で泣いてるわたしに手を差し伸べてください。


国語準備室を占拠してめそめそしているわたしに、ん、と先生が苺牛乳を差し出してきた。
わたしはそれを素直に受け取ってストローの袋をあける…ってこれ賞味期限過ぎてんじゃん、ふざけんな。
そういう意味も込めて銀八先生を睨むと、へらりと笑って返された。
その笑みは何というか腹立つものだったけど、それでもわたしはどこか安心して、ふーっ、と息を吐き出した。

「あー、もうどうでもよくなったわ、人生」
「間違いなく女子高生の言うセリフじゃねーな」

大きなお世話だ、と言わんばかりに苺牛乳を先生に投げつけるとあっさりキャッチされた。
せっかく顔を狙ったのに。

「それで?落ち着いたか山田」
「…おかげ様で」
「へぇ、じゃあ授業戻れ」
「それは嫌です」
「何でだよ」

何でもです、と返すわたしに、先生は面倒そうに頭を掻いて見せた。
そしてため息一つ。

「俺次授業あっから、何かあったんなら今の内に話せよ」
「先生に、言うほどのことじゃないんで」
「じゃあその顔止めろ、むかつくから」
「先生の頭のがむかつきます」
「え?何それ天パのこと言ってんの山田」

それっきり口を閉じたわたしに、先生は本日二度目のため息をついた。

「とりあえずここいていいから俺授業行くわ、じゃーな。帰るときは書き置きしろよ」
「……あい」

先生の出ていった国語準備室にチャイムの音が響いた。

「……よし、暇だ」

先生が出ていって十分ほど経ったが、どうにも暇なので国語準備室(別名、先生のアパート的な所)をいろいろ観察してみることにした。

「…」

散らばった雑誌、飲みかけの苺牛乳、無造作に積まれた書類(汚れてる)

「ゴミ箱溢れてるし」

先生らしいと言えば先生らしいかもしれないが、さすがにこの汚さは無いだろうってくらい散らかっている。
こう見えてもわたしA型なんで、すげえ気になるんですけど、この状態。

「とは言え、人の部屋を掃除されるのは思春期過ぎた大人でも嫌でしょうな」

ほら、中二くらいになると、お母さんが親切で部屋掃除してくれるのも嫌じゃん。
プライベート的にね、うん。まあプライベートって言っても大体の中二男子はエロ本見つかるのが嫌なだけだけどね。
まあそんな感じで先生も大人の割には頭中二だから、お節介されるのは嫌だろう、という結論。

「でもジャンプくらいは捨ててもいいよなー……うげえ」

机の上でごちゃごちゃなってるジャンプを少し退かしてみたら、まさかの展開。
ジャンプの隙間から男のバイブル出現。しかも"S☆Mカフェにお帰りなさいませご主人さま♪"ってどんなセンスのタイトルだ。苦笑いもできねーよ、オイ。
そしてわたしはそのバイブルをそっと元の場所へと返す、――手を止め周りを確認した。よし、誰もいない。

「…ちょっとだけ中をはいけーん」

ペラリと捲った本の中には可愛いメイドさんの生足、いわゆる絶対領域ってやつ?うは、悩殺!お次は…

「旦那ー、サボりにきやしたー」

ガタガタバサッ

(…ぎゃあああ危ねえええ!何だ君、ノックくらいしたまえよ!)

何の前触れもなく入ってきた訪問者に、わたしはこれでもかってくらいの素早さで雑誌を隠した。
ん?というか訪問者?今は授業中だよね。

「あり?先客がいらァ」

白目。

あれー、何でここにいるんだろー、…じゃない。今わたし剣道部の人には会いたくないんだけどなー。

「…ちわっ」

とりあえず社交辞令程度にあいさつをしてみる。
けれど沖田先輩は相変わらずの無表情でわたしを見下ろしている、何て綺麗な顔なんだ悔しい……じゃなくて怖い。

「あー…確か一年の、鈴木?」
「山田です、山田ななです」
「そうそう、山田。土方さんに目つけられてる奴ですよねィ、残念なことに」
「そうですよ、それでさっきそのヒジカタサンに部活辞めろって言われました…別に残念じゃないですけどね」
「………」
「……今の聞かなかったことにしてもらえるとすごく嬉しいです。わたし帰ります」
「今まだ授業中ですぜ?」
「授業出るつもり無いんです、今日は気分じゃないんですよ」
「ふーん」

何だ、ふーんて。まあいいや、今の内に帰ろう。
鞄は確か、銀八の椅子の上だ……ってオイイイ!先輩アンタ人の鞄踏んでるんですけどオオ!そん中に今日の昼御飯のパン入ってますよオオ!

「あの、先輩、悪いんですがわたしの鞄踏んでます…」
「ん?あーコレ……汚ねえから銀八のかと思いやした、アンタのかィ」

……カチン。今この人汚い言ったな。

「わたし、のです。返してください」
「……自分でどーぞ」

飄々と言い放った先輩は、もう一度ぐしゃりとわたしの鞄をヒップでプレスした。略してヒップレスした。
ああ、おかげさまで中のクリームパンのカスタードは飛び出てることと思われます。
最悪だ、この人。

「…先輩、何でここにいるんですか。授業出ましょうよ」
「あんただけには言われたくねえや。服部さんの授業が面倒でねィ。サボりでさァ」
「そうですか、わたしは帰りたいです。退いてください」
「俺が帰れねえのに自分だけ帰ろうなんざ甘いですぜ」
「意味分かりません」
「別にここにいりゃいいじゃねえですかィ」
「……嫌です」
「何でィ、その間は」
「……」

一瞬ときめいただなんて死んでも言えない。

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