先輩 | ナノ

「山田さんて剣道部入ったでしょ?」
「はい?」

先ほどまでの流れの中で、なぜかわたしの名前を知っていた少年。
そりゃこっちが知らない人が自分の名前を知ってるだなんてそれはもう恋しかないだろ的な発言をしたらあっさりと違うと返された。
そして今に至る。

「うん、確かにわたし剣道部入ったよ」
「でしょ?さっきミーティングあったじゃん」
「あったね」
「俺いたからさ、そこに」
「えええ!」

今度はわたしがリアクションを取る番だった。いや、実際はそこまで驚いてもないけど。

「山田さん、副長に睨まれてたじゃん、だから目立って。まああの人は元からああいう目付きだけどさ」
「なるほど、てかわたし睨まれてたのか」
「ああいう目付きだから」

そう言いながら、隣によっこらせ、と座ってきた少年。
それにしても両手に抱えたあの大量の荷物は一体何なのかが気になる。

「あのさ、そんなにスポーツドリンクとか買い込んで何する気?」
「あ、いやー、これは先輩たちにパシりにされてさ。俺一年だから」
「あー、されそうだね。あれ?でも剣道部大量にマネいることない?」
「ああダメダメ、女の子は先輩たちに取り入ろうって必死になっちゃってるからさ。ていうか何気に山田さん言葉キツいね」

顔の前でひらひらと手をふりながら言うと、さっき座ったばかりだと言うのに少年はもう立ち上がった。

「それじゃ、俺行くよ。先輩たちにどやされるから」
「あー、頑張ってね」
「山田さんもね」

少し微笑んで言った少年は、ガシャガシャと音を立てながら走って行った。

「本当にパシり似合うなー。あの少年…」

そういえばちゃっかりクレープは食べていったな。


* * * *


「よう、山田おはようさん」
「あ、先生おはよう。今日もだらしないですね」
「あはは山田、朝から先生傷つけちゃダメだよ〜、先生の心はガラスのように繊細なんだから」
「防弾ガラスっぽいですよね、先生って」
「そういう山田はコンクリート並だな」

学校への登校中、今日は友達が風邪で休んだから一人まったり歩いていた。すると相変わらずのだらしない白衣姿で歩く坂田先生に声をかけられた。

「先生今日はスクーターじゃないんですね」
「あー、昨日壊しちまってよ。いや参ったね」
「どうせまた無茶な乗り方したんでしょ」
「ちょ、またって何!どうせって何!山田は俺のことどう見てんのよ」
「天パでお金にも女にも何もかもにだらしなくて……」
「あああもう言うな!先生泣くぞ」

ハハハッと笑いながら並んで歩く。すると、すれ違う生徒たちが先生に「おはようー」とか言いながら通りすぎていく。
先生はこんなにもだらしない割には知名度がある。なんとなく分かる気もするけど。

「そういえば先生って何組の担任ですっけ?」
「あー、2z」
「げっ、まじですか」
「ど〜いう意味かな山田ちゃ〜ん」
「いや、あの、ハハハ」

頭をガシッと掴まれグリグリとされる。
いや、だって2zと言えば銀校始まって以来の問題児クラスじゃん。そこの担任て……。あ、でも確かに坂田先生じゃないと務まらないわ。

「あ、旦那が生徒泣かしてやすぜ。わーりいなわーりいな」
「ちょ、誤解を招くこと言わないでくれるかな沖田くんん!それと旦那じゃなくて先生な、先生」

頭からパッと手が離れて、声のした方を見ると茶髪の青年。
ついでに、部活の……ナントカ先輩。

「あ゛、確かテメェ昨日の」
「あ〜、おはようございます」
「何でィ土方知り合いかい?」
「部活の後輩だ、昨日ミーティング中しゃべってたやつ」

そう言いながらわたしの方を指差してくる土方先輩。
指さされたわたしを覗きこんだ茶髪の先輩と目が合った。

「お、おはようございます」
「……おはようごぜーやす」

そう挨拶したはいいけど、何となくいたたまれない空気。
やばい、逃げ出したい。知らない先輩たちに取り囲まれたこの空気が痛い。

「じゃ、じゃあ先生!わたし玄関遠いんで先行きます、また」
「あ〜。……でも山田〜玄関は目の前だぞ〜」
「心の玄関ですウウウ!」

坂田先生にそう叫びながらわたしは玄関の中へ向かって走り去った。
そして下駄箱に寄りかかって、乱れた息を整える。

「ない、あの空気はない。なんかあの先輩怖い、沈黙嫌い!」
「山田さんおはよう」
「おはようございますう…」
「山田何してんのー」
「何でもないよゥ…」

明らかに不審がられてる。そりゃ確かにそうかもしれないけど。

「朝から嫌な空気吸った」

まあいいや、何かこの先部活行きにくいけど気にしない!
サボったってあんだけ人数いればバレないよネ!多分ネ!

「教室行こうかな」

そうだ、もう始業ベルの鳴る時間だ。遅刻するぞ走るんだ自分!

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