先輩 | ナノ

「はあ?合宿ですか?」
「おう、合宿でさァ。」

どこかで見たことのあるやり取り。これがデジャビュというやつか。ていうか、え?合宿?また?

「この前合宿行ったばかりじゃないですか!」
「お前は分かっていやせんねィ。夏と言ったら部活。部活と言ったら合宿でさァ」
「え、沖田先輩そんな真面目に部活取り組むキャラでしたっけ?」
「山田は今日部活のランニング五十周な」
「そんな!」
「当然の報いでさァ。つーかあれだ。今回の合宿はインハイ向けてのもんだからな。合宿ってより遠征ってのが正しいですかねィ」
「まあその違いがよく分からないですけど。あ、というかわたし連れて行ってもらえるってことですか?」
「何でィ、前とは随分と態度が違うじゃねえか」
「んー。やる気満々なんです。それより先輩」
「何でィ」
「部活の集合時刻過ぎてます」
「……さぼるかい」

夏休み中盤。インハイを控えた銀魂高校剣道部は今日も今日とて練習だ。一時から始まる午後練の準備を整えたわたしはお茶を買いに自販機へと向かっていた。そこに偶然出くわした沖田先輩はわたしを見るなり「あ」と呟き近寄ってきた。内心どきどきのわたしは、手の中にあるペットボトルを両手でくるくる回したり視線をなるべく自然に外したり合わせたりと忙しくしていたのだけれど、何てことはない。先輩はいつも通りの単調なトーンで事務連絡だけをしてきた。
いや、それだけでも嬉しいんだけどね。とか乙女ぶってみたりして。

「それで、いつから合宿なんですか?まさか明日なんてことはないですよね」
「そのまさかでさァ」
「……はあ?」
「先輩に向かって、はあ?ってどういう了見でィ」
「ちょっと待ってくださいよ。そんなの聞いてない、ていうか土方先輩もそんなこと一言も言ってませんでしたよね?」
「文句は俺じゃなくて奴に言いな。報告してやっただけでもありがてえと思え。あ、ちなみに集合は五時でさァ」
「前回も思ったんですけど、こんな計画性なくてよく成り立ってますよね」
「ギリギリでいつも生きていたいから」
「黙れ」

黙れとはどういうことだと言わんばかりに、沖田先輩はわたしの足を踏みつけた。いだっ、と間抜けな声を上げると同時わたしは右足を抱えてうずくまる。咄嗟に手を離したペットボトルが、少し間を置いてからぽてりと地面に落ちた。

「何するんすか」
「先輩は敬うもんですぜ」
「じゃあ敬われる人間になってください、……って、先輩、それわたしのペットボトル」
「慰謝料としてもらっておきまさァ。じゃあな、土方によろしく」

うずくまるわたしを無視して、先輩は転がったペットボトルを拾い上げると、そのまま来た時と同じく飄々とした態度で去って行ってしまった。
わたしは大して痛くもなかった足をすりすりと撫でてから立ち上がると、もう一度自販機に向かい合った。今度はスポーツドリンクにしよう、とお茶の一つ隣のボタンを押した。



「疲れた……」
「御愁傷様」

部活も終わり、少し涼しくなり始めた午後七時。コンビニに立ち寄りアイスを買うのはもはや日課となりつつあった。
退はホームランバー、わたしはパピコをくわえて歩く。近くの公園に目をやれば、小学生たちがまだ残っており虫取りを楽しんでいたり、子供づれの母親が帰りを促していたりと、まさに夏休みだ。

「わたし夏になってから三キロ痩せたよ、どういうことこれ」
「ちょうどいいんじゃない?」
「どういうことそれ」
「どういうことでもいいけど、二本一気にくわえるの止めろよ。知り合いだと思われるのが恥ずかしい」
「そんなこと言ったってとけるじゃん。退こそ、ホームランバー一本とかしけてるね」
「金欠なんだよ。ていうかホームランバーおいしいから」
「ホームラン出たら貰ってあげるね」
「あげるわけないでしょ」

けちな奴め、とパピコを押しだした。期間限定のゆず味が最近のお気に入りなのだ。わたしが必死になっている隣で、退は食べ終えたホームランバーの棒を袋にしまっていた。どうやらホームランは打てなかったらしい。

「ツーアウト満塁のチャンスを生かせませんでした山崎退ー」
「そんなことより、今日は何で怒られてたの山田」
「えー、あー、遅刻。それと、沖田先輩は今日も来ませんって報告。何でそれでわたしが怒られるかなあ」
「インハイ近いのにまだ来ないからねあの人」
「何でそんなサボリ魔のくせに強いのか不思議なくらいだよ」
「や、あの人朝練や個人練はちゃんとしてるよ。部長や副長と一緒に」
「え?そなの」
「あの人、暑いの弱いんだよ」
「ふうん」

もう出てこなくなったパピコをがじがじと齧りながら退に返事をする。あれ、案外興味なさそうだね、と不思議そうな顔をする退にかまわずわたしは歩き続けた。

「たまに思うんだけどさ」
「何?」
「退って沖田先輩のこと詳しいよね。何?好きなの?」
「……」

無言で振り下ろされた拳は、今まで受けたどれよりも痛かった。退は、一言放送できないような言葉を吐き出してすたすたと歩いていく。頭をおさえることに必死だったわたしはそれを追いかけることもできないままただその後ろ姿を見送った。

「まさか図星か」

一人呟いて、ぞわりとした。退に限ってきっとそれはない。多分、うん。
そして、急いで家へと返ったわたしは二度と同じ過ちを犯さぬようにと万全の準備を整えて眠りについたのだが、翌朝集合場所に着いてみればそこには誰もおらず、八時を過ぎたころようやく現れた土方先輩に「何やってんだお前」と尋ねられた。

夏の長期合宿、出発は今日より三日後。

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