先輩 | ナノ

二日目も夕方を過ぎ、これで長いような短いような合宿も終わりを迎える。今日はわたしものすごく真剣に働いたと思う。
なんせ、土方先輩に数回しかあーだこーだ言われなかったのだから、本当にわたしはすごいと思う。
レベル低いとかそんなことは全然ない。

「なな、飲み物はいるか?」
「んー、いいや。…あ、やっぱもらう。サイダーあるかい?」
「サイダー…すまない、サイダーは切らしているのだがコーラはあるぞ」
「じゃあコーラもらう。いやあすまないね、部屋に居候させてもらう上にこんな待遇」
「そうですよ!もしこの女が若に襲い掛かったらその時は…その時は私はいったいどうすれ…ぶひゃっ」
「とりあえず消えてしまえ」
「おおう、何という枕さばきだ。すっごいね九ちゃん」

九ちゃんは、枕が思い切り顔面に当たり伸びている東城さんを部屋の外へと引きずりだして、そのままドアを閉めた。
この部屋はオートロックなので、これで東城さんが再びこの部屋に舞い戻ってくる可能性は低い。うん、あの人はなんだか変態くさいから仕方ないよね。

「騒がしくてすまんな、なな」
「いやいや、わたしは文句言える立場じゃないから。ほんと助かったよ」
「それにしてもユウレイとはな…昨日はいったいどうしていたのだ?」
「…いやあ、まあ、泊めてもらった的なね」
「? 誰にだ」
「聞きますか」
「言いたくないのなら聞かん」
「退の部屋にね、押し掛けて」
「言うのだな」
「言っちゃったよ」

九ちゃんが、わたしにコップに注いだコーラを手渡してくれた。
一口、口に含む。冷たい。
たまに飲む炭酸は美味しいと思うな。うむ。

九ちゃんは烏龍茶のペットボトルを手にしてベッドの上に腰掛けた。

「退とは、山崎退のことか?」
「うん、まあそう」
「ななはあいつと仲が良いのだな。よく一緒にいるのを見るが」
「仲が良い? うん、良いのかな、どうなんだろう。よく分かんないとこだよ」
「僕には、ななも山崎くんといる時は楽しそうにしてるように見える」
「楽しそう? わたしが?」
「楽しくないか?」
「いや…うん。楽しいんだと思うけど考えたことなかった」
「…ななは不思議だな」
「そう?」

もう一口、コーラを注いだ。鼻の奥がツンとする。
あいたー、と鼻をつまんでいたら、いつの間にかベッドの上に寝転んでいた九ちゃんが微笑してわたしを見ていた。

「ねえ九ちゃん」
「どうした?」
「すごくすごく遠いところに、九ちゃんの欲しいものがあったら、九ちゃんはどうする?」
「欲しいもの?」
「うん、まあ欲しいものは何でもいいけど、本当に手が届かないくらい遠いわけでね」
「そうだな…手が届かないなら仕方ないだろう、諦めるかもしれないが…」
「…うん」
「僕は、欲しいものは手に入れたい。だから、努力するぞ」
「うん、そうかー。…そうかー」
「ななはどうするんだ?」
「わたし?」
「ああ」
「そうだなー、うん…」


ちょっと、手を伸ばしてみることにしようかな。
そう言ったら、九ちゃんは嬉しそうに笑ってくれた。それから、明日も早いからもう寝ようかとそう言って、部屋の明かりを消した。



届かない。
この言葉は、いつからかすごく重くわたしにのし掛かっていたような気がする。届かないから手を伸ばさない。届かないから無視をする。めんどくさがりのわたしはいつだってそうしてきた。
一度だって、触れるための努力、しなかったんだ。だけど、今なら分かる。


ねえ沖田先輩。
何よりも遠いあなただけど、わたしはあなたに追い付きたい。
近づいていたいんです。


高校生活が始まり一ヶ月と少し。
これがわたしの最初の決意。


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