先輩 | ナノ

口の中の飴が溶けて無くなる頃、先輩達の練習も終わった。
ということは、これから練習試合とか何かそんなのが始まるのか。
用意しておいた赤と白のたすきを改めて人数分あるかどうか数えて、袋にしまう。
すると、階段の方からガヤガヤと賑やかな声がきこえてきて、先輩達が、下の練習場から続々と上がってくるのが見えた。

「山田ー、スポドリ作ってあるかー」
「あ、原田先輩お疲れさまーっす。ちゃんと作って椅子の上においてありますよ」
「おう、サンキュー」

ものすごい汗の臭いを漂わせる先輩方がわたしの横を通り過ぎてスポドリに手を伸ばした。

(うおう、さすが体育会系!何て臭いんだ・・・)

あからさまに鼻を摘むのはどうかと思ったので、さり気なくタオルで鼻と口元を覆ってその場を離れた。
何というか、ますますマネージャーを尊敬してしまう。

「あ、退、おつかれ」
「ああ、…一応ちゃんとマネの役割果たしてるみたいだね」
「何その一応ちゃんとって。バリバリこなしてますよななさんは」
「俺のスポドリはどこ」
「退のもあっちにまとめて置いてあるよ。あ、そう言えばこれさっきのタオル、ちゃんと洗って乾燥機にかけたぞ」
「はあ?タオル一つに乾燥機使ったの?」
「あれ、ダメだった?置いてあるから使っていいのかと」

そう言うと、諦めたような顔を向けられついでにため息まではかれた。
何なんだお前、洗濯の仕方までネチネチ細かく言ってくるのか!お前は姑か!

「とりあえずいいよ。何かもう山田に関してはいろいろ諦めたからさ」
「うん、退の瞳を見ていたら何かそんな感じがした。泣いていいかな」
「やめろ、またタオルが汚れる」

とりあえず飲んでくる、と言って通り過ぎた退からはあのキッツイ汗の臭いはしなかった。人によって汗の臭いまで違うのかな、つか退が汗かいてる姿って想像つかないな。ふむ。
ボトル片手にがぶ飲みする退をジトリと見ているとあからさまに嫌な顔をされた。
前々から気になっていたのだけど退の中でのわたしのポジションてどこだ。聞いてみようかな…いや、やっぱいいや。犬とか猫より下だったらへこむ。

「退の鬼!」
「はあ?」

意味分かんないよ、と言う退こそわたしには意味が分からないんたけどな。ふむ。これ最近口癖だな。ふむ。

「山田はどこだ」
「あ、土方先輩お疲れさまーっす。山田はここです…って何ですかその怖い顔は」
「総悟の野郎を見ただろう」
「いや、見ましたけどそんな威嚇されることじゃないですよね」
「あの馬鹿、練習も中途半端にどっか行っちまいやがったんだ」
「ふむ、やはりサボリでしたか」
「あいつ主催校のお偉いさんに手合わせしてくれって頼まれてんだよ」
「ほほう」
「俺が何を言いたいか分かったか山田」
「…分かんないつったらどうなりますか」
「学校まで歩いて帰ら「探してきます」」

わたしは敬礼するとその場を離れた。だってここから学校まで一体どれだけの距離があると思ってるんですかあなた。歩いて帰るなんて無理ですよあなた。

「それにしても沖田先輩のさぼり癖はどうにも直らないなあ。あの人は直す気もないだろうけど」

体育館を出て階段を下りようと足を伸ばした。とりあえず辺りを適当にぶらついてれば沖田先輩に出会う(かもしれない)よね!(運がよければ)いるよね!

「ホップステップ」
「ジャーンプ」
「え?ちょ、おとととと」

どこからともなく聞こえた声。お陰で転けそうになったじゃあないか。
というかこのパターンは、

「沖田先輩?」
「え、沖田先輩?」

くるりと振り向いた先にいたのは先輩では無かった。というか全く知らない、しかも女の人だ。

「あ、すんません。人違いを」
「総悟のこと知ってんの?」
「え、あ、総悟?」

ばちりと合った視線の先でこの女性はにこりと笑った。

「あ、よく見ればその制服銀魂高校だね〜。てことは総悟の後輩かあ〜なるほどなるほど」

腕を組んで満足げに頷いた。いやいやいや、あなた何の話してるのか分かるように説明してくだされよ。

「沖田先輩の知り合いですか?」
「まあ知り合いは知り合いだよね!いやむしろその上を行く的な?みたいな?」
「……あ、とりあえず知り合いってことは分かったんでいいです」
「ちょ、少女!そんな見捨てたような言い方しないでくれたまえ!あれだよ、わたしは総悟のガールフレインド的なそんな感じであるよ」
「……は?」

思わず素で聞き返してしまった。いや、だってガールフレインド?和訳したら女友達?…ではないよね。一般的にガールフレンドって言ったらあれだよね。
でもこの人が、この人が先輩の…そんな馬鹿な。

「女友達ってことじゃあないですよね、さすがに」
「ふっ、物わかりの悪いお嬢ちゃんねあなた。ガールフレンドって言ったら恋人でしょ、恋人。リピートアフタミー?」
「驚くくらい全力で絡みにくい人ですね、あなた」

言うとあからさまに傷ついた顔をして壁にもたれかかった。何て言うか、こんな人種は初めて見ましたびっくりです(感想)

「あ、そういえば君は名前なんていうの?」

立ち直りも早かった。こんな人種は初めて見ましたびっくりです。パートU。

「えーと、山田ななです。そちらさんは…」
「そうか、それじゃあななちゃん。総悟のこと探してるみたいだったよね?わたしが代わりに探してくるよ」
「いや、でも…」
「気にしない気にしない。あ、もしトシに怒られたら綺麗な女の人が探しに行ってくれたって言えばいいからさ。それじゃあね」
「え、オイイイイ!人の話少しは聞けやアアア」

スキップしながら去っていってしまった。
小さくなっていく後ろ姿を見て思うことはただ一つ、沖田先輩どういう趣味してるんだろうなあってことだ。


「ただいまー」
「おうご苦労。で、総悟は」
「キレイなオンナのヒトがサガシにイッテクレマシタ」
「何の真似だふざけてんのか」
「ふざけてないっすよ…ねえ、土方先輩は沖田先輩の彼女さんと知り合いなんですか」

聞くと土方先輩が固まった。そして冷や汗を流しながらゆっくりと口を開いた。

「な、何でそんなことききき聞くんだテメー」
「気になっただけです…というか何でそんな動揺してるんですか」
「バカヤロー、動揺なんざしてねえよバカヤロー」
「そうですか、じゃあその動揺していない先輩の姿をムービーに収めて沖田先輩に送りたいと思います」
「ばば馬鹿、止めろコルァ」

次の瞬間、わたしと土方さんの頬を何かが掠めた。
そしてその場所から、ツーと赤いものが垂れてきた。
…ホワーイ?

「チッ、外したか」
「この距離で掠ることしかできねえなんざアンタも腕が落ちやしたねィ」
「うるさいなあ、ちょっと手元が狂っただけだっつの」

わたしと土方さん、二人して声のする方向を見る。
するとそこにはおもちゃのパチンコとダーツの矢を手にする沖田先輩とその彼女(仮)がいた。

「う、うぎゃああああ。死ぬウウウ」
「お前等の仕業かアアアア!!!」
「ようトシ、久しぶりー」

笑顔でひらひらと手を振る彼女(仮)に土方先輩が殴りかかっていく。わたしはそれを呆気にとられて見ていた。いや、だって先輩の拳を綺麗に避けてるし。

「痛っ…」

チクンと針で刺されたような感覚に頬の痛みを思い出し右手で触れた。赤い液体がべとりと手について口元が引きつる。
あり得ないだろあの人、本気で刺さったらどうするつもりだったんだろう…。
もしかしてあれかな、実はパチンコ名人だとか。
一人考えていると、突然目の前に何者かの腕が現れわたしの頬へと迫った。
何だろうと上を向いた瞬間、激痛がはしる。

「あいだだだだだだ」
「我慢しなせぇ」
「無理ですって本気で、いだいいだい」

ごしごしとタオルで上下に擦られるわたしの頬。
正に刺すような痛み。全身の血液が頬に集中してるんじゃないかってくらいに熱い。決して照れてるとかそういう意味ではなくてだ。

「よし、これでオーケーでさァ」
「どこがだ!」
「まあまあ、あいつにも悪気は無いんでねィ」

そう言って先輩は優しく笑った。この顔をわたしは知っている。
確か前にも──

「あ、ななちゃん頬っぺた真っ赤だよ」

彼女の左手がわたしの右頬に触れた。あー、痛い。見覚えはこれか。


はじめましてこんにちは。
ずいぶんと不思議な方ですね、あなた。


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