先輩 | ナノ

土方先輩にモンゴリアンチョップされた頭が痛い。
ついでに言うならみんなの視線が痛い。

「なな〜、土方先輩から返信来ないんだけど〜」
「知らん、わたしはそんな所まで面倒みられませんっ」
「えー、ケチー。つーかその頭どうしたの?」
「モンゴリアンされたの!」

何だか理不尽な気がする。わたし良いように利用されてる気がする。
仏頂面のままでいると、わざわざ携帯を片手にわたしの所までやってきた友達はため息をついて帰って行った。ため息を吐きたいのはわたしの方だっつーの。
机の上にぐてーんと身体を乗せて、腕枕に頭を預けた。昼休みなだけあってざわざわとうるさいが、大して気にもならないので、睡眠でもしようと目を閉じた所を誰かに叩かれた。
ちょ、そこ土方モンゴリアンの所。

「ななー、元気か。なかなかみんなに遊ばれたね」
「やっちゃん…!何か久しぶりだね。ていうか今なんて言った?」
「遊ばれてるね、って。ほら、ななが剣道部入って、人気者の先輩達と仲良くしてるからさー。みんな楽しんでるんだよ。女子って色恋沙汰とイケメン好きでしょ?」

やっちゃんはガラリと椅子を引くと、只今不在の退の席へと着いた。
そして購買で買ってきたのだろうオレンジジュースを飲み始めた。

「いやいや、分かってるよー。みんな中学からのつき合いだからさ。とは言えこの二、三週間、本気でつかれたよわたし。ちょ、ジュース一口ちょうだい」

右手を伸ばすと、既に空になって軽い紙パックを渡された。
腹が立ったわたしは、ぐしゃりと今の心情を表すように思いっきり潰してやった。クソウ、オレンジジュース…。

「みんな、「ま、山田だからいんじゃね(笑)」みたいな感じだったからね。山崎くんとも仲良くしてたから平気かと」
「(笑)じゃないよオオオ!今日も沖田先輩と放課後グラウンド百周だよ・・・!何か厄介な人達と関わってしまったよ」
「あれ?朝追いかけられてたのは?」
「土方先輩」
「ふーん、仲良いじゃん」
「どこが」

それだけ言うと、再びパタリと机に伏した。もう良いです、友達なんて信用しません。おやすみなさい。

「ななさー」
「…んー」
「好きな人いる?」
「いない」
「…ならいいや。じゃあおやすみ」
「んー」

それからすっかり眠りの世界に突入したわたしは、五限目が始まる二分前に退のチョップで目を覚ました。
だから、そこは痛いんだってば。


「山田、部活行くよ」
「…は」

六限が終わりショートが終わり、よっしゃ今日は帰るぜ、という所で退に呼び止められた。
わたしは鞄を担いだまま、退の方を見た。

「わたし今日は帰るから。悪いね〜」
「そうは行かないよ。俺が土方さんにちゃんと連れてくるよう言われてるんだから。連れて行かないと俺が殺される…」
「がんばってね、退」
「ふざけんな、さあ行くよ」

そう言って腕を引っ張られそうになったので、走って逃げようとしたが、腕の代わりに鞄を掴まれわたしは後ろのめりになりそのまま尻餅を着いた。
いたた、と零しながら上を見上げれば仁王立ちの退が笑っていた。だからコイツは嫌いなんだ。


「あ、土方さん連れてきましたよ」
「ご苦労だ山崎」

部室まで連れてこられたわたしは、ジャージに着替えさせられ、そして土方先輩の元へと連行された。
先輩は既に胴着に着替えており、竹刀片手に道場の前に立っていた。

「ちったァ反省したか?」
「チッ、しつこいな…」
「テメェェエ!今舌打ちしただろ」
「分かりましたって先輩、走ればいいんでしょう?走ってきますよ、はい、さよなら」
「ちょ、おま…!」

先輩に一礼をすると、そのままわたしはその場を後にしグラウンドへ向かう。
それと入れ違いになるように、わたしの進行方向からは志村先輩と神楽さん、それに新八くんが歩いてきた。

「こんにちはー」
「あら、ななちゃん…だったかしら?部活始まるのにどこ行くの?」
「またサボりアルかー?」
「違いますよ、グラウンド百周です。開き直って走ってきます、そんでは」

ぺこり、とお辞儀をして再び歩いていくと後ろから「がんばってくださいね」と新八くんの声がしたので振り向いて手を振った。
前を見ると、サッカー部の人々の姿だけがあった。
それを見ながら、わたしの頭の中ではやっちゃんの言葉がエコーした。


「いっちにーさんしー」

一人で虚しい号令をかけながら体操。そんなわたしの目の前では若者達が白と黒のボールを追いかけて走り回っていた。
元気だなあ…暑いだろうに。

「…よっしゃ!走るか!」

ストレッチまで終わらせると、パン、と両膝を叩いて立ち上がる。いちに、と足踏みをするわたしの足取りは意外にも軽かった。
きっと最近、鬼ごっこを頻繁にやってるからだろう、うん。
勝手に心の中で、よーいどんを言うと、広いグラウンドとの上を照りつける太陽を浴びながら走り始めた。
きっと今日はよく焼けるんだろうなあ…。

「暑ちぃ…本当に無いな、これ」

冷たい飲み物が飲みたい!できれば冷房のついた部屋でお菓子つきでさ…。
そんなこと考えながらも黙々と走り続けていると、サッカー部の練習が休憩に入った。あれ、そんな時間だっけ、と校舎の時計を見ようと横を向いた瞬間、わたしの足が固まる。

「オイ、山田。あんまり走ると溶けやすぜ。」

視線の先には、制服姿の沖田先輩が鞄を持って立っていた。
わたしは、自分が何で返事をしないのかも分からないまま固まってしまい、ひたすらその先の先輩を見つめる。

「土方コノヤローからの伝言でィ。暑いから20周で勘弁してやるそうでさァ。だからさっさと帰る準備しなせぇ」

口元に両手でメガホンを作りそう叫ぶと、ふわりと笑う。わたしは沖田先輩の方へ向かって全力疾走。

「どーもお疲れさんでした」
「先輩走ってないじゃないすか!大体呼びにくるならもっと早く来て下さいよ」
「俺は、山田への伝言でチャラでィ。呼びに来てやっただけ有り難く思いなせぇ」
「ペナルティ軽すぎでしょ、それ!」

はいはい、と言うようにわたしの頭を先輩がポンと叩く。そして頭熱ちぃな、と呟いた。
叩かれたのはほんの一瞬だったにも関わらず、やけに先輩の手の感触が残っている。
両手でその場所を押さえながら、水道の方へと歩いていく沖田先輩の背中を追っていった。

先輩、実はわたし先輩が来ないかって少し期待してたんですよ。
そんなことは知らないだろう先輩を、訴えるように見つめてみた。
そして沖田先輩にようやく追い付き、お礼でも言ってやろうかと口を開いた。その瞬間、わたしの顔と身体に冷たい水道水が吹きかかる。ポタポタと落ちる滴を拭いながら一言。

「先輩、何やってるんですか」
「山田が暑そうだったんで水浴びでもさせてやろうかな〜と」

楽しそうな先輩の顔を見て、心に誓った。お礼は絶対に言わねえ。

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