先輩 | ナノ

「先輩のアドゲットしたよ、褒めてね…送信、っと」

ポチっとボタンを押し、送信完了画面を確認してから携帯を閉じた。そして、ふぅーっと長いため息。

(ううっ……!長く苦しい任務だった!)

ベッドの上に寝転がり携帯を握りしめると、じんわりと目じりに涙が溜まった。
ここ1週間近く、親友(のはず)からギンギンとした目で見られていた上に微妙にハブられて、それがようやくようやく解放されたのだ!
しかし今ごろきっと先輩にはメールが殺到してるだろうなあ。みんなから返信が来ないってことはそういうことだろうし…。
まあね、うん。わたしにメアドを教えてくれた時点でそれくらい見当ついてるよね…わたしに責任ないよね、よ…ね、うん。

「ダメだダメだぞ、ネガティブな方向に考えが…!そうだいいことだけを考えなきゃいいこといいこといいこと」

えーと、あ、夕飯!今日の夕飯鯖の味噌煮って言ってたぞ!きゃっほーい和食きゃっほーい!

「きゃっほ…」

ブルルルル

夕飯のおかげでテンションの上がりきったわたしは勢いよくベッドから飛び起きようと声を発した瞬間、握りしめていた携帯電話が震えた。
すかさず画面を開くとそこには、着信:やっちゃん、の文字。
何だろうなあ、お礼かなあ、なんて思いながら通話ボタンを押して受話器を耳に当てると同時、わたしの鼓膜を破らんばかりの大声が響いた。

「ななコルァァァァ」
「うぎゃああああ!鼓膜があああっっ!」
「ななコルァァァァ」
「ちょ、うるせええ!」
「お前も十分うっさいんだよ!そしてわたしもね!
つーかそんなことじゃなくてななアンタどういうつもりよ」
「え、ちょ、何が?」
「しらばっくれる気か!アンタがさっき送ってきたメアドのことじゃボケェ」
「え、だから何が…?」
「だーかーら───」

その先続けられたやっちゃんの言葉にわたしは思わず受話器片手に固まってしまった。
そんなバナナ、…とか古いこと言ってる場合じゃない。
そんなバカな。


朝一番で教室に到着、そしてわたしはまだ人もまばらな廊下を剣道場に向かって疾走した。

(今なら人をひき殺せる…!)

そんなことを心に思いながら走っていると朝練をしてる剣道部の皆様の声が聞こえてきて、昨日からの怒りがさらに大きなものとなった。その証拠にわたしの眉間はこれでもかという程に皺がよっている。

「沖田アアア!…先輩いますかコノヤロー」

バシーンッとドアを蹴飛ばして中に入ると割とたくさんの部員が素振りをしたり打ち込みをしたりと練習をしていた。
そしてその人たちの視線すべてがわたしに集まる。

「やあ、ななちゃんじゃないか。ななちゃんも朝練来たのかい?」
「あ、おはようございます部長…って、ちょ、部長!沖田先輩コノヤローはどこだコノヤロー」
「え、え?総悟?総悟ならまだ来てないけど血相変えて一体どうしたんだい?」
「ぐあああ!来てないとかあの野郎逃げたなあああ」
「え、だからななちゃん何が─」
「どうせ総悟の野郎の悪質な嫌がらせにでも合ったんだろ?つーか朝からうっせえよ」

部長の横入りをしてやってきた人の方を見ると、やっぱり土方先輩がいた。そして肩に乗せていた竹刀をポンポンと動かしながら、相変わらずの瞳孔を開かせた目でわたしを見てきた。

「言っておくがな山田、総悟はサボるために生まれてきたような奴だ。朝練なんかにくるわけねーだろ」
「何いっ!てことはつまりわたしが朝から自転車飛ばして人を引きながら来たことも全部意味のないことだったというのですか!」
「いやお前、…つーか人は引くなよ、犯罪だぞそれ」
「顔は割れてませんぜー」
「そういう問題じゃねえだろうが」

そんなやりとりをしていたら、隣で近藤部長がガハハと笑った。
「トシと普通に会話できる女の子なんざ久々に見たよ」……って、土方先輩それってもしやチェリ……ううん、何でもないや。

「はあ…なんか戦意喪失?したんで教室もどりますね、お疲れさまっす」

深くため息をついてそう言うと、二人に背を向けた。
するとそのわたしが背を向けた方向からものっすごく嫌な気配を感じとれたわけです。
振り向くことも怖いわたしは知らないままにその場から逃げようとした、が
足を踏み出したと同時、誰かの手がわたしの首根っこを掴んだ。

「せせ先輩?」
「そういやぁテメェもサボり常習犯だったな。朝練付き合ってけよ、山田」

返事をすることもできないわたしは、ぐえっ、という声だけを残してそれっきりになってしまった。


キーンコーンと予鈴がなってようやく朝練は終了。
ちなみにわたしは体操服が無かったので、制服で延々と剣道場周りを走らされたりなんかしたのだ(土方先輩監視の元で)

「うっ…疲れたよ、くっ…」
「まあ自業自得でしょ、山田の場合は」
「自業自得なんてわたしの辞書にはないもん、おはよう山崎氏」
「言う順番間違ってない?おはよう山田コノヤロー」
「バカ山崎」
「アホ山田」
「…タコっっ!」
「イカ」
「ナーッス!」
「かぼちゃ」
「パプリカっ!」
「パ、えええ!パプリカあああ?」

叫んでいる山崎くんを横目に見ながらわたしは再び大きくため息をついた。それもそのはず。今教室に帰ったら確実にリンチされるからだ。
この先の未来、わたしが彼女たちのパシリとして生きていかなくてはならないことは明確、なのだ。

「わたしは山崎くんみたいにパシられて快感を得るようなドMじゃないっ…!」
「俺だって違うからねエエエ!何?山田そんな目で俺を見てたのかアアア」
「第一印象から決めてました」
「ふざけんなああ!今すぐ訂正しろオオ!」

朝からそんなに叫んで疲れない?と聞くと山崎くんは手に持っていた胴着を、こう、うまい具合に横から叩きつけてわたしの顔にバシリと当てた。
うん、すっごいヒリヒリして痛いかな。
ていうかヤバい、本鈴そろそろ鳴るって。

「山崎くん、わたしは保健室行くわっ!腹痛がする…といいのにな〜」
「願望?!ていうかまたサボる気なの、山田」
「またとか言うな。ちなみにまだ出席数は大丈夫なはず」
「まあ出席数は足りるかもだけど授業ついていけなくなるんじゃないの?もうすぐ中間考査あるよね」
「いいよ、テスト職員室から盗みだ」
「さっさと消えろ」

冷たく言い放った山崎くんに、ちぇーっ、と舌打ちを返して更衣室を出た。よくよく考えたらわたし何で山崎くんと同じ更衣室にいたんだろ……変態なのかな、アイツ。

まあそれはともかく保健室でどうやって匿ってもらおうかなあ。うっちーのことだから休ませてくれるだろうけど一時間が限度だよな。
ぶつぶつと考えながら歩いている間にも本鈴が鳴ってしまった。あーあ、こりゃもう本格的にサボりだなあ…ん?あれは。
前方からのそのそ歩いてくる、頭が白髪くるんくるんの彼は、銀八先生に違いない!と思ってわたしは駆け出した。

「せ〜んせ〜い〜」
「おー山田、本鈴鳴ったぞー…ぐおえっ」

わたしは先生の目の前まで駆けてきた速度のまま、止まることなく思い切りタックルした。
案の定先生はお腹を押さえて苦しんでいる(戻しそうとか言わないでください)

「山田…お前、先生に何か恨みでもあんのかコノヤロー」
「恨みですか?ありありですよコノヤロー。よくも土方先輩コノヤローと二人にしてくれたなコノヤロー」
「コノヤロー言い過ぎて意味わかんねーよ」

先生にそう突っ込まれて頭をぺしんと叩かれた。この人は本当にポンポンポンポンと、わたしの頭を叩くのが好きな人だな。

「あの時、一瞬でも先生がきらめいて見えたわたしの目がどうかしてた…!一体わたしがどれだけ苦しんだと」
「結果オーライだろーよ。すっかり土方くんとも打ち解けたみたいだし?」
「何がオーライ!ノー、ノーオーライ!」
「あーはいはい、先生は朝のショートがあるんで行くからな。じゃ」
「あ、こら、…ダメ教師イイ!!」

わたしを軽くあしらうと、そのまま先生は3zの教室へ向かって歩いていった。その背中に飛び蹴りをかましてやろうかと思ったけど、さすがに止めておいた。

(結果オーライ……ねえ)

そう言われれば、そんな気もするが先生に転がされていたと思うのはなかなか悔しいものがある。
ので今はまだ怒っていることにしよう。

「あ、そうだ。先生の部屋でサボればいいんじゃん」

先生の姿が完全に見えなくなった所でそのことに気付いた。先生の部屋なら机と椅子があるから勉強もできる(山崎くんの言ったとおり、本当はテストやばいのだ)
うん、わたしナイスアイディア。

「あ、一応山崎くんには連絡しとくかな」

(心配してるといけないから、なんてのはあり得ないけどね)

そうこうしている間にもわたしは国語準備室の前に到着していた。
目線は携帯にやったまま、手だけを伸ばしてドアを開けた。

「失礼しまーす」
「よー、鈴木」

開けたドアを再び閉めた。ベタだ、ベタすぎる。展開がこの前と同じじゃないか、つーか鈴木って誰だよ。
恐る恐るドアを開けてみると、そこにはやはり悠々と椅子に腰掛けて雑誌を読む沖田先輩の姿があった。

「オイ、てめー何閉めてんだィ」
「いや、何ていうかこの展開に頭が着いていかなくてですね……って、オイイイッ!!」
「何でィ突然」

思わずツッコミを入れてしまったわたしに先輩は面倒そうに視線を向けた。
そういえば忘れていたけどわたしは早朝からこの人を探していたんだ!
まさかこんなタイミングで会うとは思わなかったよ。

「先輩!あなた昨日わたしに違うアドレス教えただろおぅ!」
「…何のことでィ」
「とぼけるなァァッ!友達から、メールしたら出会い系サイトから返信きたって言ってたっちゅーねん!
つまり?先輩を思って愛をこめて打ったメールが出会い系の変態に送られたってぇことです!これがどういうことか分かるかなああ?はい、沖田くん!」
「何タメ口聞いてんでィ」
「はい、そうです!間違ったメアドをはからずも送ってしまったわたしに!彼女らの怒りの矛先が向けられるわけです!しばいてやろーかコンニャロー、毎日無言電話かけるぞチクショー」
「山田、俺の電話番号知らねえだろィ?」
「うっ……もうう!あんたは人の揚げ足ばっか取ってええ!」
「つーか疲れやせんか?そんなに叫んで」

うるさいな!叫びたくて叫んでるわけじゃないやい。ていうか今たぶん人生で一番叫んだわ。
第一さ、わたしがこんなに必死になってるのにおまえは椅子に足組んで座ってるってどういうことじゃい!

「先輩のせいでわたし登校拒否になりそうだ」
「そんときゃ俺が爆竹持って山田の家に迎えにいってやりまさァ」
「全力でいりませんけど…そういえば先輩またサボりですか?」
「ん、ああ、まあそんな感じでさァ。暇だしそろそろ帰ろうかと思ってたんですがねィ、ちょうど山田が来たんでいい暇つぶしになりやした」
「何ですかそれ、わたし喜べばいいのかわかんないんですけど」
「何事も良い方向に考えなせぇ、やってみろ山田、できるはずだ山田」

何なんだろうこの人、と思った。やっぱり先輩は変な人だな、うん。
とか思っていたら、不意にポケットが震えた。その中から携帯を取り出してみるとメールが一件。
宛先は…初めて見る文字だ…って、ええ?

「せせ先輩!」
「何でさァうっせぇなあ」
「めめメールが!沖田先輩から」
「あー…俺のメアド人に教えんのはダメだけどそこに書いておいた土方のならどれだけでも配りなせぇ」
「は、はい!先輩ありがとうございますううう」
「全くうるせえやつでィ」


そしてわたしは次の日からいつも通りの生活に戻りました。え?土方先輩?一体何のことですか。


- ナノ -