先輩 | ナノ

(ほんっと、いい度胸してるよなコイツ)
(うわー、これ爆睡してますよね、よくこんな状況で寝られるなあ)
(オイ山崎、コイツを叩き起こせ)
(了解しました副長)

ガツン

「いだっ」

鈍い音と頭の痛みで目が覚めた。
ゆっくりと目を開けるとそこには男子生徒のものと思われる足があり、その目線を少しずつ上に向けていくと明らかにご立腹な様子の土方先輩、そして呆れた顔の山崎くんがいた。

(ああ、なるほど、見つかったのか…)

「うげっ!」
「よー山田、目は覚めたか?いい度胸だなコルァ」

完全に目を覚ました頭が今の自分の状況を悟った。
そうか!わたし寝過ごした!いや、でもアラームセットしておいたはず…。
そう思いながら芝生の上に転がっている携帯を取り上げて開くとまさかのサイレントモード、……って、ドチクショウッ!

「あー…すみません、頭痛がして」
「テメェは頭が痛てぇんじゃなくて頭が悪りぃだけだろうが」
「そういう先輩は性格も悪い…いっくしゅん…寒っっ!」
「オイ、てめぇ何て言おうとしたんだあ?」
「ていうか山田、もう6時回ってるんだから寒いの当たり前だよ、今君半袖半ズボンだからね」
「え、山崎くん、そんな冷静な状況説明より上着を貸してくれるという温かい心遣いは無いの?」
「何で俺が山田に貸さなきゃなんないの?」

カチーン、…ああもうわかってきたよ、山崎退はこういうやつなんだ第一印象だけよろしい腹黒人間なわけだ。

(腹黒いくせに学校ではお利口さんにしてるし…!)

「もういいですー、さっさと着替えればいいんでしょ?コノヤローが」
「部活サボって寝過ごした奴が逆ギレしてんじゃねえよ!」
「眠くなるような部活を作る先輩が悪い」
「俺のせいにすんなあああ!」

最近ではすっかり打ち解けた土方先輩と談笑(とは言えない、を)しながら部室へと早足で向かう。だって薄暗くなった辺りは寒くて仕方ないのだもの。
後ろで先輩たちが、さっさと帰れよーとか言ってたのを聞きながら、ついこの間まであんなに怖がっていたのが嘘みたいだなあ、と思った。


「せっいっふっくーせっいっふっくー」

くしゃくしゃになって棚に積まれているカッターシャツを急いで羽織ってボタンをしめた。スカートを履き、白色のカーディガンに袖を通してリボンを結ぶ…と、ここまではいい。しかしなぜだろうか、わたしのブレザーが見つからないのだ。
女子の部室だけあって、物は綺麗に積まれ衣服はきちんと畳まれている、のでどこかその辺に落ちているということはなさそうだ。

「あ、体育館」

そういえば今日はまず制服のまま部活に行ったんだ。で、そこで暑かったからブレザー脱いで手すりにかけて…そのまま。うん、困った。
本来なら取りに行くだとかそんな面倒なことはしないのだけど、校則で登下校はブレザー着用と決まっているのだ。
着ていかないと、朝校門の前に立っている松平先生を筆頭とした生徒指導の先生に捕まる(実際わたしは先生に捕まったことがある。理由は娘と同じヘアピンを使っていたからというものすごい理由だったけど)
あの後の説教は、ひっじょーに面倒だった。もう何か書類の端っこを綺麗にそろえてホチキスで止める作業くらい面倒。ほら、あれってやだよね、何度トントンやってもバサッて崩れてさ───うん、とにかく面倒。

「まだ開いてるかな、体育館」

開いていないに勝手に100ガリオン賭けたわたしは部室を出て体育館へとダッシュした。
開いてなかった時は潔く帰ろう。そして明日は遅刻して登校しよう。それがいい。


「ほら、やっぱ閉まってる。山田選手、100ガリオンげーっつ」
「そして沖田選手は部活の後輩のブレザーげーっつ」

わたしは反射的にずささっ、とその場から離れた。何事かと思って見ればブレザーを(汚そうに指で摘むように)持っている沖田先輩がいた。何故。

「先輩、それどうしたんですか……」
「ちょうどそこでとっつぁんに会いやしてねィ、渡しておいてくれって頼まれたんでさァ」
「それはお手をわずりゃ……わずらわせましてすみません」
「アンタ馬鹿だろィ」

そんなことない、と言い返す力はもうありませんでした。何でだろう、こう、ね、土方先輩とは普通に喋れるのに沖田先輩は緊張する……ていうか絡みにくいな。
無表情で何考えてるかもいまいち掴めないし淡々と喋るし、うげーそう思うと喋るの嫌になってきた(単純)

「帰りたい(結論)」
「はあ?」
「あ、いや何でもないです一人言です、わたし二分に一回は一人言言わないとだめな感じの病気なんです」
「アンタは普通に頭の病気だと思いやす」
「先輩と言えど売られた喧嘩は買う主義ですからね」
「俺今竹刀持ってるんですけどねィ」
「マヂすんませんでした」

にやりと嫌な顔をして笑った先輩に鳥肌が立ち直ぐさま謝った。するとアンタは本当に愚かだねィ、という言葉と共に頭の上にわたしのブレザーが降ってきた。
肌寒かったわたしは急いでそれをカーディガンの上に羽織ると、すでに先を歩いて去っていこうとする先輩に一言。

「先輩メアド教えてください」

ぴたりと先輩の動きが止まった。
あれ?わたし何かタイミングを間違いましたか。

「俺のメアドを聞いてお前はどーするつもりなんでィ」
「友達に」
「死ね」

ひゅー、と風が吹く効果音が多分今のわたしには一番似合う。それだけ言った先輩は先程よりも早い足取りでスタスタと門の方へと行ってしまう。
そしてわたしはその姿を頭で確認すると同時にダッシュした。

「ちょい待てえええ」
「うおっ」
「先輩、本当にわたしを助けてくださいって!わたし本気で友達にシめられるんですよこのままじゃ!何か勝手にわたしと先輩は仲良いことになってて、こともあろーか土方先輩の彼女だって誤解されてるんですからね!これ全部あなたたたち(が人気あるっていうとばっちり)のせいなんだからオトシマエつけてくださいよオオオ」
「へー、土方の彼女なのかィ、そりゃあ馬鹿の愚かもの同士お似合いじゃねえかィ
祝いに藁人形でもくれてやらぁ」
「ふざけてる場合じゃねんだよー!だ、だって最近じゃもう移動教室もお弁当も一人だから仕方なく山崎氏と行動してんだよ?しかもその光景をとても愉しそうに彼女達は見てるんです!たえられない…!」
「そいつらとなら話が合いそうだねィ…山田はMの素質あるんじゃねーですかィ」
「いやいやいやそういう話じゃなくてですね、ほら、こんな必死な姿のわたしを見て思うことはありませんか…!」
「あー、そうですねィ」
「!」
「強いて言うならアンタスカートが挟まってやすぜ、パンツに」
「・……ぎゃあああああ」
「よかったですねィ、見せパンですっけ?履いてて」
「よくないですよくないですよくないです」
「それでアンタのアドレスは?」
「1234.abc@xxです……って、え?」

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