先輩 | ナノ

わたしがあの部活に少し興味を持ったその理由が、あの人だということを知ったら土方先輩はまた怒るかな。

とかこの状況で悠長に考えてる自分すげえと思う。

「オイ、なな」
「…はい」
「まあ、とりあえずどうしてこういう状況かは分かるよね」
「…はい」

こういう状況=わたしが高橋くんの席に座らされ昨日までのオトモダチにぐるりと囲まれている状態。
この子たちコワイよ、目が血走ってるよ。

「まずなな、この前女子剣道部の志村先輩来たじゃん。その先輩に机壊された橋本くん(03話参照)に謝れ」
「(だから今日は高橋くんの席に座ってるのか…!)ごめんなさい橋本くん」

わたしはこの場所にはいない橋本くんの代わりに、机の元あった場所へ向けて深々とお辞儀をした。
椅子を生暖かくしていたこともついでに謝っておいた。

「で、本題はここからね」
「まだあるのか」
「当然でしょ…昨日剣道部のマネから聞いたけど何か土方先輩に告白されたらしいじゃん…どういうことかな?」
「は、…告白?」
「驚いたのはこっちだバカなな!」

えええ、いやだって告白?いやいやいや、確かにある意味謝罪っていう告白だけど!
でも今はそういう意味で使ってないよ、ね!

「まあ抜け駆けは許せないけどさ、アンタが土方先輩の彼女になったら他の先輩方と仲良くなれるチャンスなわけじゃん?」
「じ、じゃん?」
「てーわけで、とりあえず沖田先輩のメアドゲットしてこい」
「な?」
「先輩たち仲良いじゃん」
「え、それは誤解だと思うけども」
「とにかく」
「とかにく?」
「出来なかったら毎日パシリにしてやっからな」

ごいーんと頭の中で除夜の鐘が鳴った。
この子たち無理を言いよりまっせ。


「退きゅん、わたしどうしようかなあ」
「何で俺に相談すんの、ていうか何で君とお弁当食べなきゃなんないの」
「だって、やっちゃん(友達)もマルコ(友達)もメアド手に入れてくるまでは一緒にお弁当も食べてくれないって………女子コワイ」
「ああ、でも女子ってそういう理解できないとこあるよね。まあ面白がってるだけだろうからすぐ戻るんじゃない?」
「うん、わかってる」
「わかってるならいいじゃん」

んー、と唸りながら箸を咥えていると行儀が悪いと山崎くんに怒られた(お前はわたしの母親か!)
今、山崎くんが言った通りみんなは本気でわたしをいじめて楽しんでるわけじゃない。
だからその辺りのことの心配は別にしてないんだ(お弁当は山崎くんと食べればいいんだから)

「問題はメアドだなあ」
「何?メアドって」

カチャリと箸を置いて、ふむ、と腕を組んだ。
そうだ、問題はメールアドレスなるものなのだ。
みんなはわたしが沖田先輩や土方先輩と関わりを持っていると思ってる・・・いくら違うといっても。

わたしにメアドを聞いてこいと言ったみんなの目は本気だった、本気と書いてマジと読むだった・・・・はいいとして、これを断ると勘違いしてるみんなは本気でわたしが抜け駆けしようとしてるとか考えるような気がする。
女子ってそういうものなんだ、わたし山田日々学んでおりますよ…………っ、て!

「はっ…!」
「……何?」
「さ、さがるきゅん沖田先輩のメアドとか知ってたりなんかしません、かね」
「え、普通に知ってるけど」
「でかした山崎イイイ!もうお前は退なんて投げ遣りな名前じゃないよ!進くんでいいよ、わたしが許すよ」
「山田に許されてもなぁ」
「そんなこといいから!それよりさがるきゅん!いや、山崎氏、沖田先輩のメアドをぜひわたしに……いやいや、わたしの友達に教えてあげてください!」
「普通に無理だけど」
「ありがとう山崎氏!さす、がアアアア??はああ?何で」

え、ちょ、今こいつ断った?断った?わたしの話聞いてたよね?メアドゲットしなかったらパシリにされるって!

「な、何で無理なのさ」
「俺が沖田さんに殺されるからに決まってるじゃん。
てか、普通に考えて自分の知らない奴らの間で自分のメアドが出回ってるなんて気色悪くない?」
「うっ……心臓が痛い」
「聞くなら自分でどーぞ」
「うっ……内臓出る」


* * * *


「一年生集合」

土方先輩の声が掛かり、駆け足でわたしたちは集合した。

(あ、山崎くんいる……本当に剣道部だったのか)

なんて、そんなこと考えながらジッと見ていたらそれに気付いたのか山崎くんがこちらに顔を向けた
。小さく手を振ってみたらあからさまに嫌な顔をされ、それと同時に土方先輩から「山田、話聞け」と名指しで注意されてしまった。

「とりあえず一年生は基礎体力つける所からだ、経験者は練習に混ざってもらうがそれ以外はランニングと筋トレ。まずは外周20周な」

その言葉が放たれた瞬間、一年生からの大ブーイングが起こった。
ちなみにわたしは固まった。
そりゃ20周て……20周て無いわ、いや、無い。

(べ、別に運動音痴なわけじゃないけどランニング疲れる…!)

「はぁ、…気が重い」
「あぁ?何つった?」
「あ、土方先輩……"あぁ?"なんてチンピラみたいですよ」
「うっせえな!いいからテメェも走ってこいよ、一年もう誰もいねえぞ」
「え、嘘?…あれ?山崎くんいるじゃん」
「アイツは経験者だ」

あー、なるほど。経験者はこっちか、…てことはやっちゃん(わたしを部活に誘った張本人かつ同じクラスの友達)もこっちで練習、と。

(ぞくっ)

「え、え?」

突然背中にはしった寒気にゆっくりと顔を上げると、体育館の観覧席からわたしを見下ろすマネージャーたちの顔。

(あ、れ、は)

「せせせ先輩、わたし走ってきます」
「?おう」

その場を走り去るわたしの背中には未だ視線が突き刺さっている。
その視線が訴えるものをわたくしななはよーく分かってるのだ。


"さっさとメアドゲットしてこい、馴々しくしてんじゃねーぞ"

と、それを訴えてるということを。



「だあああ、もう疲れたああ」


ひたすら無言で走り続ける剣道部一年の集団。君たち、そんなに走って脱水症状起こしたりなんかしちゃったらどうするんだい?と言ってやりたい。
もう30分以上走り続けているけれど、校舎の周りをひたすら走り続けているため景色は変わらないからつまらない。
しかもまだ半分くらいしか走ってないからこの苦痛は続く…なんて…。

(や、やってらんねー!)

キョロキョロと前後を見て、誰もいないことを確認したと同時わたしは中庭の方へと向かって全力疾走した。
そしてすっかり葉桜になった桜の木にもたれかかり呼吸を整える。

「あああ、土方先輩に見つかったらまた怒られるな…」

見つからないように気を付けなくちゃ!なんて隠れ場所を探すわたしは走る気なんてさらさら無い。
それにしても疲れたな…。

「部活終わるまで後…一時間ちょっとかあ」

アラームセットして寝ようかな。
見つかったら体調が悪かったことにしてやろう。
そして、さわわさわわと揺れる葉と風がとても心地よい中わたしは浅い眠りについた。

なにか夢を見たような、そんな気がするけれど覚えていない。

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