「そう言えば、新しいパンツ増えたな」

チュルリと丸めることもせず吸い込んでいたパスタを皿から浮かせたまま、妹は一瞬動きを止めた。「は?」呑み込まれたパスタの代わりに吐かれた疑問符だけの簡単なそれに「いや洗濯してたらたまたま気付いて」と付け足した。言い訳がましいような言い方だったせいで妹は少しだけ顔を歪めた。まあね、と続ける。

「お兄ちゃん気付いてると思うから言うけど、彼氏ができたの」

口元についたソースを男前に親指の腹で拭いながら、頷いた妹は「彼が、そういう趣味で」と続けた。そういう趣味、とは。目を瞬かせると「下着がすきなの」と答えて、妹は顔をたいらげた皿の上に向けた。少しバツが悪そうにしている辺り、彼女も彼氏の趣味には思うところがあるのだろう。俺は燻るような思いを湧かせ、冷淡に「へえ」と口元を歪ませ、続ける。

「大概だな」
「うん。でも、すきだからいいの」

思わず冷たくなった言葉に返されたのは、目元を緩ませて笑う仕草と優しげな物言いだった。燻っていた黒い感情が徐々におさまって、何とも言えない思いになる。俺は「ヤバくなったら言えよ」と兄貴面してやった。

「何それ」

ふふん、と似た目元を細めて妹が嬉しそうに笑うから、まあ、いいか、と兄も僅かに安心していられるのだ。こういう事情は他人の指先が入りこむ隙間もないほどに大概難儀である。


学校はいつにも増して面倒だった。なぜだかは分からないけれど、憂鬱な心情で、今誰かがふざけたりしてきたら怒鳴りそうな気だけはしていた。落ちつけと自分に言い聞かせながら窓の外を見ていると、丁度渡り廊下から、緑間が出てきたところだった。
彼の《それ》に気付いて、あれ、と思ってぐだりと机にもたれていた体を起こして、ぐっとガラスに近づいた。それに、前の席の女子生徒がつられるように動く。

「なあ。あれ、緑間せんせー、テーピング汚れてねぇ?」
「あ、ほんとだ。気付かなかったー……、てか高尾よく見てるね、あんな指先」

クラスメイトの鋭いツッコミに「目についただけー」といつも通りに笑ってみた。彼女は「うーん」と首を傾げ、またか、と言うようなことを口にした。その言葉が引っ掛かって、間髪入れず問う。

「またって、何が」
「ああ、緑間先生が最近嫌がらせ、かな、そういうのを受けてるって女子の間に噂があるんだよね。何だったかな、全部最近で、最初は持ち物に傷がついてたって話」
「へ、え……」
「他にも教科書が破れてて使えなかったり、タイヤがパンクしてたってのも、あったみたい。誰が何の為にしたんだか分かんないけど、ほんと馬鹿みたい……って、高尾、話聞いてる?」

顔の前でひらりひらりと手が振られてやっと乾燥し切った喉を動かした。「ん、あ、聞いてる。聞いてる。嫌がらせかー」なんてカラコロと口の中だけで笑ってみるが、駄目だった。どうしようもないくらい目の奥がじぐりと痛んで、気を緩めると目の前のクラスメイトの顔くらい殴ってしまいそうな程に苛立っていた。クラスメイトと会話を切って、ゆっくりと席を立った。何だか他人の噂話程度で更に内心が悪化した。自分も大概、感受性が豊かな人間なんだろうな、なんて馬鹿か。唇を舐めたら血の味がして笑える。ほんとうに痛い場所はそこじゃないんだろうなあと高尾は指先に力を込めた。


タイトル:深爪
(改131206)
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