部屋はいつも寂しかった。冷たい空気が流れていて、それは俺が口を開き何かを発する度に、両親の間に凍った亀裂を生んでいった。二人を苛立たせたいわけではなかった、両親も分かっている筈なのに、息子の言葉の一つ一つに反応しては、喧嘩する。もはや、何かをきっかけとして喧嘩しなければいけないと暗示でもかかっているかのように。二人は俺が見ていないところで不定期に怒鳴り散らすのだ。二つ下の妹を抱えて、兄妹震えながらいたのを覚えている。
二人が消えたのは、妹が中学校一年生、俺が中学三年生の夏。どちらも海外に出張だと言いだしたのだ。二人揃って消えることに多少不安もあったが、兄妹での生活には案外すぐ慣れた。月に二回、未成年二人で使うには余りにも十分過ぎる送金はあったし、マンションの管理人は俺たちのことを良く知っていて気にかけてくれていたこともあり、生活に困らなかったのだ。
ただ、妹ちゃんが少々非行に走ったり、俺も煙草をかじってみたり、言わなくてもいい問題もすこしだけあったけれど。


「高尾くん、昨日はすいませんでした」

ゴミ捨て場の掃除当番は俺だった筈だ。箒を持っている黒子の頬には大きめの湿布が張ってあった。ちらりと見えた手首には包帯が巻いてある。これは面白い、と思った。

「今日は俺が掃除当番の日だぜ、せんせ」
「いいんです、昨日いきなり緑間くんを押し付けたのをチャラにしてもらえれば」

自分で言うのかよ、と内心毒を吐きながら「いい思いができたんで全然いいですよ」と笑って手を振った。黒子の手から箒を奪い、また違う種類の笑顔でにまりとしてみる。

「リスカでもしたのかよ、せんせ?」

手首に巻かれた包帯は不自然などほどにキレイで新しい。黒子は特に表情を変えることもなく俺の手から箒を奪い返すと「さぁ、どうでしょうね」と見返してきた。黒子のこういうところは本当に面白い。苛立っている癖にそれを瞳の中にだけ閉じ込めて、感情を押し殺す顔がたまらなく好みだ。しかしまあそれは、緑間の睫毛一本にすら敵わないのだけれど。
実際のところ黒子のこういう傷は割と見慣れていた。たまにどこかに出ては、または誰かが黒子の部屋に入った後に、傷ができる。なにがあったか、とかね。勘のいい子供には意外とよく分かる。黒子がなにをされているのか。けれど黒子が何も発信しない限りはすこしからかうくらいにしか突っ込んだりはしない。黒子もそれで妥協しているし、たぶんこれが丁度いい距離感なのだと思う。
同じくらいの身長差の中で、黒子が俺の目を見たまま「ところで」と切り出した。

「緑間くんとはあれからどうでしたか。なんだか微妙な顔をしていましたけど」
「俺は特に何も。勉強見てもらえたし、良かったよ」
「彼の話です」
「緑間せんせーのことは黒子せんせーのほうがよく知ってるだろ」

箒を掴む黒子の指先と昨日の緑間の指先を比較してみると、やはり緑間のほうが長くて力強くてキレイだと思った。末期。今日は眼福が拝めない。
黒子はそんな俺の様子を見て、俺の気持ちをどこまで知っているのか、よく分からないけれど「君も大概ですね」と口元を歪ませた。まさか。


タイトル:深爪



黒子せんせーがDV的なものを受けているような間接的な描写。
非行少年はいつだって緑間せんせーのことがすき。おかしいくらいな執着。どうしてすきになったのか書いたっけ。どうしてこんなにもすきなのか。書かなくちゃ。
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