午前中早々に逃げてきた学校に午後8時になったいま、戻る。

「せんせー、やっぱまだいたんだなー」
「……もう8時だぞ。なにをしている」

高尾、と緑間のくちびるが俺の名を紡ぎ出す。
彼の落ち着いた声がすきだ。夕焼けの赤に馴染む緑色の髪も、長い指先も、まっすぐでキレイな目も。どれも俺にはないものだと思うから。笑顔を浮かべて緑間の座っているピアノの前にスラックスのポケットに両手を突っ込んで近寄ると彼は眉を寄せる。「早く帰れ」と宣う緑間せんせーは途端に俺がポケットの中で拳を作っていることを知らない。手のひらに爪を喰い込ませるように、強く、強く、そうしていることを。そうしていないと泣いてしまいそうなことを。

「せんせー、さっきなに弾いてたの?」

笑顔は仮面だ。感情が外に漏れないように皮膚にぴったりと張り付いた仮面。俺はひとよりずっと慎重にそれを被る。眉間に皺を寄せる緑間に人懐っこく笑ってやる。大体のやつはこれでなにかしら好意的なアクションを起こしてくれるのだけれど、目の前の彼は違う。「帰れ」の一点張り。そこまで嫌わなくてもと思う。確かにこんな時間に学校にいるのは素行がいいとは言えないけれど。

「いーじゃん、曲くらい教えてくれたって」
「言ってもお前には分からないだろう」
「…かもしんないけどさー」

じゃあ、俺に分かることしてくれよ、て言わないのは最早意地だったりする。自分の喉が渇いていることをぼんやり思い出しながら緑間が鍵盤を閉じるのを見ていた。相変わらず指がキレイだ。
緑間は結局曲名を教えてくれなかった。「早く帰れ」も一度それだけ言って音楽室を出ていく。夕日を跳ね返して残酷に黒光りするグランドピアノに赤く染まった、彼のようにキレイな無表情を浮かべることができない自分のガラクタのような横顔を横目で見た。
目だけはまだ、オレンジ色をしている。



タイトル:深爪




オレンジがなにというわけではないですわたしがすきなんですry
男子生徒と無愛想な先生
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