知ってやしたか、土方さん。着物ってェやつは胸がない方がうつくしく着れるんでさァ。

暗闇を切り裂くように格子の隙間から差し込む人工臭い明りだけが部屋の中をぼやかしていた。薄黄の光は淑やかに部屋の隅に座る着物姿を導く。土方は開けた襖を後ろ手に閉めて、真赤な着物を着た沖田の前に立った。何してンだと言う口を開く前に、真赤な袖から伸びる手がとん、と畳を軽く叩く。土方が何も動かないと沖田は若干俯いたままもう一度そうした。小さく溜息染みたものを吐いて土方は言われた通り沖田の前に座る。

「何してンだ、てめェ」

やっと出せれた声は思ったよりもまったく怒りを含んでなくて、けれどよかったのは大してやさしくもなかったことだ。普段通りの声が出ることに安堵しながら、土方は沖田の顔を窺う。彼は相変わらず顔を俯けたまま、どうしようもない姿を晒していた。
新撰組一番隊隊長の沖田総悟はどうしようもない格好をしていた。座り込んでいるし部屋は暗いから正確には違うのかもしれないけれど土方の見たてでは沖田壮悟は今真赤な花魁姿をしている。どうしようもないけれど、特別驚いたことではなかった。沖田の今日までの仕事は花魁姿で吉原で博打や悪事を働く輩の粛清だったからだ。けれど今日と言ってもそれは昼前に全ての片がついていた筈だ。もうそんなふざけた格好はしなくてもいい。

「俺ァ、こんなに重いものを着たのは初めてでさァ」

腕も頭も腰も重い。巧く動けやしない。血を出したみたいだと沖田はゆっくり一人ごちる。不自然で曖昧な空気が吐き出されているみたいに一室が不安定になる。土方は眉間に皺を寄せながら、どうしたと口を動かした。応える気はさらさらないくせに沖田は顔を上げて、真赤な唇を歪ませた。それからいそいそと頭から大きな黒い鬘を外して、口元を一生懸命に拭い、きっちり整えられていた胸元をだらしなく開けた。

「これって想像以上にきついンでさァ」

沖田は本当に気分が悪そうな顔をした。だったら着なければいいのにと思ってそう口に出すと土方さんは何も分かってないんですねと妙に丁寧な言葉遣いで罵られた。軽蔑されたような気さえして押し黙る。喉の奥でふつふつと言いようのない感情が渦巻いているような感覚だけが残って大変不快だ。土方さん、といつもよりも随分ゆっくりたゆたうような色を以て呼ばれた名前はどうしようもないくらいそれじゃなかった。そうじゃないから応えずに、これからも応えないように口元に煙草を挟む。唇の隙間が埋まって何も言わなくていい錯覚が鋭く脳内で警報を鳴らした。火をつけて噛み締めるように舐めるように吸い込んだ煙はやや不味い。真赤な目が揺れて、顔が顰められた。臭いンでさァ、それ、と喋る、目の前の沖田の肌が酷く白く見えた。口元に紅が引き攣っている。巧く拭いきれなかったのだろうと脳内ではそんなことを思っているのに、右手は煙草を口から離して、左手は沖田の頬をかすめていた。左だけゆっくり動かして顔を近づける。沖田はぱちりと瞬きを一度してそれから鼻で笑うと、土方を押し返した。花魁の袖から男の腕が動く。土方の左手を暴く蛇のように伝って煙草を奪うと、まだ火のついているそれを自分の口元に寄せた。一服してから、不味いと言う。こんな不味いモンの中毒たァいかしてると嗤う。そんな格好でしか誘えないくせにと土方もそうした。土方は沖田を心底不細工でうつくしいと思った。


タイトル:酸性




「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -