※後半に高尾の自慰描写があります





「真ちゃんと俺ってなんなの」

自分の口から出た言葉だというのに現実味に欠けていると感じたのは、自分が絶対にそういうことを言わないと思っていたのと、実際今までそんなことを駆け引き以外で言ったことがなかったからだ。本格的に手汗が滲んでくるのに、やはりこれも現実味を帯びずに手のひらというちっさい世界を汚すだけに留まる。

「なに、とは?」
「関係」
「恋人だろう」

いつも通りの無表情でさらっと口を動かして、でも照れたときにする癖を発動しずれてもいない眼鏡の位置を直す。長い指先は相変わらず綺麗なのに、腐敗したフィルターでも持っているのか、俺の目には汚れているように見えた。
珍しく黙っている俺に緑間が呼び掛ける。その一見冷たいと感じる声の中に僅かな感情の変化を読みとれるまでに俺は彼を知ってきた。みっともない話だけど、緑間に心酔してから、出逢えなかった期間を埋めたくて仕方なかった俺はしつこいくらいに彼と同じものを共有してきた。それと合わせて、昔からひとの感情を読みとるのは得意な方だったから、緑間の考えていることも大体分かっているつもりだった。
なにが言いたいのかと言うと、そんな俺は、近いうちに緑間に捨てられると、なんとなく察した。それだけであり、以上でも以下でもない。



女々しいことに緑間と寝た女は把握済みだ。
隣のクラスに2人、1つ上の先輩に1人、他校の生徒2人。こいつらを殺したい。恋愛に溺れてヒステリックな最後を迎える昼ドラの女Bもこんな気持ちを抱えたのだろうか。殺したいと、そんなことを思いながら恋人の服の裾を引っ張ってキスしたのだろうか。ちゅう、て。

「んっ、」

俺の突然のキスに驚いてか反射で目を閉じるくせが一向に改善される傾向を見せない。俺だけが知っているくせだと思っているこれをその5人のうち1人でも察しているとしたら。考えるだけで寒気が止まらない。緑間は俺のものだ、なんてガキ臭いことをデカイ声で言えるくらいに大好きなのに。
なんで俺じゃないひととエッチすんの?
ちょっと長めの濃いキスに疲れたらしい緑間の胸元に顔を埋めてそっと口を動かす。声のついていない透明な疑問を彼に突き付けるのにはまだ勇気が足りない。精一杯喉の奥を引き攣らせながら涙をこらえた。



「いいよ」

訳の分からないといった表情で緑間は持っていたシャープペンシルを置いた。現在時刻は午後11時47分。
今日は親も妹ちゃんもいないからと勉強会と称してうちに泊まってもらった。実は泊らせるのははじめてだったから泊まってよーなんて言うのも本当は緊張したんだけど。緑間は意外とあっさりそれに応じるものだから、なんとなく慣れてるように見えて嫌だった。他のやつの家にも泊まったのか、とか野暮で自分へ残酷に答えが返ってくることなど問わないけど。考え過ぎだと思いたい。

「電気消そう?」
「なにを言っているのだよ…」
「分かってんだろ。誘ってんだよ」
「…高尾、いい加減座れ。お前が勉強すると言うから来てやったのに」
「俺は真ちゃんと夜のオベンキョーがしたいなあ、なんつってー」

それだけ言うのに酷く言葉を選んだ。付き合って2ヵ月になるけれど、それでも緑間を泊めたのは今日がはじめて。つまり、俺たちはぶっちゃけた話セックスなどしたことがない。いや、緑間相手に、てことで。お互い健全な青少年であるから、女相手となら何度かある。童貞ではないけれど、処女は処女だ。

「頭の悪いことを言うな」

なんだよ。俺の言いたいこと分かんねえのかよ。緑間。舌打ちしたい衝動を押さえることもできず、いいからとやつの手首を掴んで半ば強引にベッドに上げた。

「セックスしたいって言ってんだよ、俺は」

眉間に皺を寄せる緑間の上に跨ってTシャツを脱ぐ。その際タオルも落ちて、風呂上がりで濡れている髪の毛が首筋に張り付く感覚が気持ち悪かった。けれどそれよりなにより困惑した表情ひとつ見せない緑間に苛立った。なにも考えずに黙ったままの彼に顔を近付ければふいっと首を振るようにキスを拒まれる。あれー。
どくんと、心臓が嫌な嫌な嫌な音を立てる。明らかな拒絶の意に耐えられなくなって俺は伸ばしていた手を引っ込めた。もう、無理なら無理って言えばいいのに。言われたら死ぬかもしれないくせに他人任せな自分に吐気がした。



ちゅう。寝ている緑間の首に薄ら痕を残す。女々しいとかいうレベルじゃないのは分かっているがそれより、ここまで自分があるひとつのことに固執出来るなんて知らなかったから気持ち悪さもガキ臭さも尋常じゃない。これは俺のものです。だから手を出さないで。安易に示してみたけれど、伝わるだろうか。



手を繋ぐのが苦手だった。腕を掴むのも、触れることだって本当はしたくない。緑間の腕はチームに貢献する彼のプライドのようなものだから俺みたいな人間が触れることに罪悪感やらなにやら抱えてしまって出来なかった。そのせいで緑間の服に皺を作ってしまうけれど、それに関して彼はなにも言わない。

「高尾」

落ちついた声音は耳に心地よくて、雨音にかき消されかけているそれを必死こいて拾う。もうすぐ離れてしまうなんて推測してから、緑間の行動ひとつ言動ひとつを未練がましく脳ミソに身体に心に焼き付けるようにしている。あーくそ女々しいな、おい。

「なーに」
「帰るぞ」

今日は部活がオフで、だけど緑間は一緒に帰る相手に俺を指名した。ひとりで帰ると言わないでくれているのと女の影をちらつかせないことに酷く安心した。
ビニール傘ふたつ。「意外と降ってんね」「おは朝は天気予報もよく当たるのだよ」激しい音は自慢げに微笑する緑間の背景になり下がって、ビニールを叩く雨音さえ彼の声の前ではBGMにもなり切れていない。

「すきだよ」

息を吐くより些細な俺の声は雨音にかき消され、彼の視線さえも動かせなかった。気付いていないのか、それとも。



俺は自分のことを最低だと思ったことはあるけれど、緑間のことを嫌いだと思ったことはない。いままで一度も。だから彼のポケットから封の開いている、俗に言う避妊具というやつが出てきても、彼が珍しく焦った顔を見せたときも、嫌悪なんてすることは出来なかった。ただ、切ねえなって。俺は初めて緑間の前で、そういう泣き顔を晒した。



口に入れたものがすぐに胃から這い出るこの現象は医者によると一時的なものだから精神的に安定すれば相応に落ちつくらしい。固形物が全くと言っていいほど喉を通らないのでゼリーと水でなんとか空腹をしのぎながらリビングのソファの上にいた。平日の朝。
なんかあったの。母さんの心配そうな顔を、瞼を閉じることで頭から消し去る。なんかあったっていうか、まあ、その、いろいろあった。言いたいことはまとまっているけれど。息子が同性を愛しているゲイで、その相手が女とセックスしている事実が受け止めきれないから学校にも行けないくらい精神的に滅入っているって言って、理解してくれるだろうか。母親を寝込ませるようなことはしたくない。考えるのはやめた。
ガチャリ。両親も妹も出ていった時間に玄関のほうから音がして、おかしいな、と首を傾げる。誰か忘れ物でもしたのかと思って「なんか忘れもんー?」とそちらに首を動かせば、うちに居ていい筈の無い深緑が視界を掠めた。

「……緑間…?」



「…俺なりに考えたのだよ、高尾」

なぜホークアイを発動していなかったのかと後悔した。心の準備はまだ出来ていないのに、緑間が深刻な話を持ってきたことは一瞬で分かった。脊髄反射で嘔吐しそうになるのを抑え込み、やっとの思いで口を開く。「”大事な話”とか?」俺はうまく笑えていただろうか。緑間は1度眉を潜めると「ああ」と肯定を示した。喉が引き攣る感覚。泣きたい。けど泣かない。

「分かっているなら話は早い。高尾、俺と」

別れてくれ、だろ。上等だ。唇を軽く舐めて世渡り上手らしく思ってもないことを舌に乗せて見せる。

「いいよ、分かってるし。大体男同士ってのがまず駄目だったんじゃねぇの? だから、これでいいんだと思う。別れよう、緑間」

言われたんじゃない。これは俺が言ったんだ。妙なプライドが血管を支配していく。緑間は一瞬どころじゃないくらいの間動かずにいた。やっと口を開いたとき、俺の口内はカラッカラだったけど、奴の口内も同じだったらしくかすれがすれだった。

「…本気で言っているのか」
「え…」
「本気で俺と別れたいのか、高尾」
「…え、っと…いや、なんか話噛み合ってなくね? お前が俺と別れたいんじゃねえの?」

余程理解が追いついていないらしい緑間は短く「なぜ」とだけ言ってこめかみを押さえた。一層皺の寄った眉間に思わず指を当てればなんのつもりだと凄まれる。それに思わず安堵している自分がいて、ああ距離感が変わってない、とそれだけで安心出来るなんて俺はどんなやっすい人間なんだと思った。

「俺はお前が好きだ」

緑間は言葉が足りない。俺は自分が欲張りになってきているのが堪らなく嫌で、嫌で嫌で。だけど伸ばされる手に僅かな違和感を覚えた。



「シたいのだろう?」

緑間はいままで見たどれよりも熱のある目に俺を映した。ソファは駄目、ここはリビングだからと言っても聞きやしない。迫ってくる端正な顔に後ずされば自分でも相当焦っていたのかソファから地面に落ちてしまった。腰から落ちて痛みに顔を顰めた俺に大丈夫かのひとことも言わずただ覆い被さってくる緑間にはじめて感じる恐怖は計り知れない。
両手首をそれぞれ掴まれてフローリングの床に縫いつけられる。冷たい床に触れた後頭部の横にある自分のそれは震えていたから、上から押さえつける緑間の指を、いつも通りのものだと分かっていても違うもののように感じた。思わず目を逸らせば、頭を動かして無防備に空いた首筋に緑間が噛み付いてくる。予想もしていなかった行動に強張る俺に構わず、ちゅうちゅう、と吸われる。執拗に吸って、最後に長い舌で舐めるという行動を、緑間がしているのが信じられなかった。待って、と切れ切れに言ったところで伝わらないのは数秒で分かったから、俺はただ唇を噛んでそれに耐えた。声を出したら負けだと無意識の中で結論付けた。
長い指が俺の両手首をひとつで押さえ、空いた右手をTシャツの中に滑り込ませるまでにそれほど時間は掛からなかった。妙に手慣れているような、そんな気がしてまたあのときみたいに虚しくなる。緑間の目を見れなかった。否、見たくなかったからきつく目を閉じた。



テーピングの巻かれた指先が肌に触れる度に喉の奥が引き攣り、身体が強張る。いままで誰と下ってこんなことなかったのに、なんでこんなに緊張しているんだろう。少し考えて、意味もなく緑間だからかと結論付けた。
唇を引き結び、口の中で出掛かる嬌声を噛み殺しながら太股辺りに当たる緑間のものが確かに反応を示していることに変な期待だけのせて薄ら目を開ける。たかお。緑間の口がそう動いて俺を誘うので、ゆっくりと口を開いて舌を伸ばしてみた。目を細めることもなく、別段表情を変えないまま緑間はそれに吸いついてなだれ込むようなキスをする。思わずまた目を閉じた。彼のキスの特徴であるのはねちっこく執拗であるということだ。必要以上にキスが長いと思い、ふとそう言えば、と思考を巡らせる。
脳ミソを駆けた思考が戻ってくるのにそれほど時間はかからなかった。これ、俺がするキスに似てる。俺が、緑間にしていたキスに、よく似ているのだ。
じんわりと視界が滲んだ。閉じていた瞼を持ち上げればそこに酷く悲しそうな緑間がいて、なんでもっと早く気付けなかったのかと自分を責めることしかできないからもう救えない。みどりま。擦れた声しか出ないけれど、緑間は気付いたようでああ、と頷く。

「みどりま…っ」

いつの間にか解かれた腕を緑間の首の後ろに回すと、緑間が目を細めて笑った気がした。



「うぁっ…ぐっ、ん」

本来出すだけで仕事を終えている場所に緑間が指を突っ込む。慣らしもしていないし、ちんこだって弄ってないのに入るわけない。痛い痛いと首を振って拒否すれば緑間は珍しく困ったように眉を動かし、それからやっと指を引き抜いた。

「しんちゃ、痛い」
「…どうすればいいのか、分からないのだよ」

どうすればって、女の子とはヤったんでしょ。そう聞こうとして、ああ、女の子はあんだけキスすれば指入るくらいにはなるのかと妙に冷めた脳ミソで考える。もしかして勉強してこなかったのか、男同士のセックスの仕方とか。俺が見上げると、緑間は一度瞼を伏せてすまないとかなんとか謝った。そしてそこからどこうとするので俺はマズイと思って「待って」と口を動かす。待って、帰んないで。今日こそ、緑間とできそうなのに。緑間が俺を求めてるのに。はじめて、その気になってるのに。

「真ちゃん、俺の部屋行ってて」

膝立ちになった緑間が呆けた顔を晒す。次いでなぜ、と訴える表情に準備してくるからと返せば、しばらく考えた後に分かったと言われる。俺は気持ち急ぎながら浴室へと向かった。



首筋とか横腹とか鎖骨とか胸とか、シャツを捲りあげら、あんだけ執拗なキスをされればまあこうなるだろうな、という具合にはキスマークが散っている自分の身体に苦笑した。浴室に座り、シャワーコックを捻る。溢れだす熱くもなく冷たくもない微温湯を受けながら右手をちんこに這わせる。目を閉じて緑間を思い出せば自分でやっていて引くくらいに反応を示してきた。手に触れるのが緑間の精液だと思えば、また逆に緑間が自分のを触っているとか思えばもうイくのに時間なんて要らなかった。

「ぁっ、はぁ…ん、んんっ…」

シャワーに流されないように出てきた自分の白濁したものを指先に絡めながら、さきほど緑間が無理矢理挿れたところへ向かわせる。湯に触れたからか僅かに柔らかくなっているものの、やはり指を受け入れる気はないようだ。さきほどの緑間の様子だと無理矢理にでも挿れてきそうだ。中が切れたりしたら堪らない。自分で1度慣らしておくのがいいだとろうという考えだった。

「はっ…あっ…んんっ!」

実は、異物挿入は以前もひとりでやってみたことがある。勿論緑間を思って指だけだったが、それでも全く慣れない。はあはあと口から零れる荒い息次が自分のものだと思うと思わず涙目になる。こんなことしてていいのかなぁ、とか普通に親に申し訳なくなった。けれど部屋で待ってる彼のことを思えばそんなことは一瞬で流れる。排水溝に白濁と呑まれた考えになど気を回してやることはできない。最初より柔らかくなったところに指を突っ込んでぐにぐに動かしてみる。自分のいいところを探して急速にことを進める。1回イっておけばいい。それから早く緑間の元に行きたい。

「ぁッ」

脳ミソの9割以上を緑間で押さえていれば、やっぱりイくくらい簡単なことだった。もう戻れないなぁ、とぼんやり目を細めた。



部屋に入るなり緑間に手を引かれベッドに押し倒された。不服そうな緑間とは逆に俺は妙に嬉しさを感じてまた緑間の首の後ろに腕を回す。

「待たせちゃった?」
「…なにをしていたのだよ」
「準備だってば」
「その割には気持ちのよさそうな声を出していたな」
「え!? 真ちゃん聞いてたのッ!?」
「聞こえていただけなのだよ!」

誤魔化すように唇を押し付ける。ちゅう、とまた吸うキスは割と嫌いじゃなかった。ていうか自分がしていたのだし。口が離れて息を吸い込む。ごめんね。密着度の高くなった耳元でそっと呟けば緑間が黙って抱きしめてきた。

「俺はお前のことを拒絶したわけではない」
「ん、」
「別に嫌いではないし、こ、こういうことをしたいと思うくらいには好きなのだよ」

相槌を打って先を促す。緑間が自身を吐露することなんて珍しい。彼の拙い言葉を咀嚼しながら頷く。

「お前は男だから…。人伝に聞けば、男同士は痛いと」
「…ああ」
「痛くするのは嫌なのだよ」

拙い。言葉が足りない。けれどそれでも、緑間の言いたいことがなんとなく分かった。ぼやけた言葉をかき抱きながらああ、いとしいなんて思う自分は馬鹿なのだろうか。もうこの際馬鹿でもいい。

「真ちゃん、好き」
「…俺も好き、なのだよ…」

抱きしめる力が僅かに強くなる。力強いと思っていた緑間の腕が思ったよりも儚くて泣きそうになった。




限界です。ここまでが限界です。わたしのいまの実力(?)ではこれ以上引き延ばすともっとグダグダしそうなので…。
へへ、緑高すきです。



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