背骨がむず痒くなる感覚で、ただ寒かった、普通に。何があるでもなく。気温が低くて、でも湿気は強かった。 埃臭い体育倉庫に、ユキちゃんは女の子から呼び出しを受けていた。俺はそれを、校門の横に座って待っていた。髪の毛がふんわりした、かわいらしい女の子からの呼び出しは、十中八九告白だった。女の子の小さく震える指先も、頼りなさげな瞳も、か細い声も、呼び出されたときのユキちゃんの顔も、俺はちゃんと見ていた。ちゃんと分かっていた。 放課後ね、とユキちゃんは彼女に微笑んでから、その後ろの俺を見て、少しだけ悲しそうな顔をした。もう、何度目か分からないやり取りだった。 「イッちゃん、待たせて、ごめん」 見上げると、切羽詰まったような顔をしたユキちゃんがいた。手には傘を持っていて、それを俺に向かって差している。傘を叩く音は、ちゃんと雨で、気付かない間に、驚くくらいのドシャ振りだった。何で気付けなかったのか分からないけれど、俺は頭の先からしゃがんでいたにも関わらずスラックスまで、ぜんぶ濡れていた。 「何で傘差してないの、すごく濡れてる」 「気付かなかったんだよ」 「うそ」 「ほんとだよ」 ユキちゃんは目を細めて、どうしてか嬉しそうにした。変なの、と俺を笑うので、俺も厭らしくない程度に笑っておいた。 「ねぇ、ユキちゃん、どうだったの」 「告白のこと? 聞きたい?」 「別に、聞きたくないよ」 俺は立ち上がってやっと重さを感じた。制服はぐっしょり濡れていて普通に鬱陶しかった。ふと顔を上げると、ユキちゃんは少し困った顔をしていた。ユキちゃんにとって、今の俺も、質問も、鬱陶しいものなのだと思うと、妙に心臓がざわついた。 「イッちゃんはさ、彼女とか欲しいとか思う?」 「こいびと?」 「そう」 「ユキちゃんは?」 口先だけで笑ってユキちゃんは答えなかった。自分から聞いたくせに卑怯だ。俺たちは二人して校門の前に立っていた。ユキちゃんが傘を差していて、入りきらなかった分、丁度半分ずつ濡れていた。同じ。そう、ずっと一緒なのだ。何もかも。そうであればいいと思っている。 「ユキちゃんは、俺をずっとイッちゃんって呼ぶね」 「そうだね。僕がイッちゃんのことをイチって呼んで、イっちゃんにユキヒトって呼ばれたら終わるんじゃないかって、思う」 「何で」 「何でもだよ、イッちゃん」 半分ずつ降りかかる雨が冷たくて重たくて。ゆっくり息を吐き出した俺は、ユキちゃんの後ろから、何だか危ない走り方をした車がやってくるのを、滲む視界の中で、確かに、見えていた。 タイトル:深爪 ▽ れきさんへ贈ります ちなみに、ユキちゃんは砂上雪人、イッちゃんは谷口一という名前です。 ← |