「俺、多分真ちゃんのことすきだわ」

ぼんやりとした口調は、高尾らしくなかった。口の中で散乱していた言葉を一つ一つ吐き出しているような、ゆったりしたそれに、緑間の反応が遅れた。いつもよりテンポが違うとそれだけで何だか全てがズレ込んでしまう気がした。何を言っているのだよ、と喋るのだけれど、やっと空気を震わせたそれはどうしようもなく、いつも通りではなかった。声が擦れて聞き取りにくくなってしまった緑間の言葉に、隣を歩いていた高尾は口調と同じくゆったりした動きで、なあ、緑間、と言って立ち止まる。薄い夕方の空気に高尾の声だけ揺らいで見えた。

「すき」

駄目だ、と誰かが耳元で囁いてくる。高尾の言葉を甘受すれば、全てが、やっと、やっとのことで築いた今までのモノが全て崩れてしまうことは、緑間にも分かっていた。中学までの自分では分からなかったことだ。高尾が、周囲が、気付かせてくれたことだ。緑間はそれを壊してしまいたくはなかった。縋るような気持ちで高尾の腕を掴んだ。間髪入れず高尾はそれを振り払った。先程まで怠惰を含んだ動きをしていたのとは違う、俊敏な動きで、緑間の手を払ったのだ。勢いのついた緑間の左手が宙に放りだされる。あ、と高尾が目を見開いた。ひだり、て、ひだりて、が、しんちゃんの、て、が。覚束ない言葉の羅列が強張った唇から震えてやってきた。行き場の失った左手は白い。高尾は緑間を見た。

「ごめん……」

ハッとした表情なのに、目を見開いているのに、声は乾いていた。左手、ごめん、痛かった、よな、ごめん。オレンジ色の双眸から滴が伝って頬を流れた。緑間はテーピングの巻かれた指先を気にしながら高尾の涙を拭った。何の意味もない行為に高尾がまた嗚咽を漏らす。高尾は自分が緑間の手によってぐずぐずになってしまうのが分かっていた。嗚咽が零れる。遠慮もなく、ひっきり無しに、止まない。高尾はただ泣いていた。緑間は自分がどうしたらいいのか、わけも分からずそれを拭っていた。テーピングが冷める。沁みた高尾の感情が緑間をまた孤独から引き揚げようとしているような気がして心臓がまた痛かった。桜の散った四月の夕方は風も暖かくない。


タイトル:彼女の為に泣いた


たなささんへ贈ります



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