人には内緒だが、昔、八田と伏見と一緒に住んでいたことがあった。
何かとスペックの高い伏見は金を提供して、八田が家事全般をするというスタンスの生活で、そこまで大きくもない部屋で二人、向かい合ってご飯を食べるのを八田は好いていた。伏見は食に感心がないようで、八田が台所に立たなければ自分で料理することはおろか、買い物にさえ行かず、食事抜きで何事もないように生活して見せるので、喧嘩して口を利かなくても八田は朝昼晩とご飯だけは作っていた。何事にも冷めた顔をして、それでも八田のご飯を食べるときだけは少し笑んで見せるものだから、やめられない。八田は自分で作ったものを口に運びながら伏見の喉が嚥下するのを確かに見ていた。

「サル、明日は何食いてえ?」


伏見は八田の作る手料理が好きだった。他の人間が作ったものは店でない限り、得体が知れないと、口に入れることさえ躊躇うのに、八田の作るものはいつでも匂いだけで胃を刺激してくるから、何があっても食べた。八田は伏見を思ったよりよく見ていた。伏見自身が気付いていなくても八田は伏見の体調を分かっていて、口に出す前に健康的なものをテーブルに並べてくれた。それでも伏見が寝込めば、八田は端末で調べればいいのに料理本なんかを買って、健康的な食事について一から学び、消化にいいものから、果ては口内炎になりにくい食生活という名目をテーブルにあげたこともあった。伏見は八田の不器用な優しさがたまらなかった。馬鹿だな、と、笑うと、何でだよ、と、怒る癖に、伏見が食事に手をつけた途端、黙る。美味いか、と、不安げに聞いてきて、やっぱり馬鹿なんだなあと思いながら頷くと、嬉しそうな顔をする。

「美咲が作るなら何でもいい」


ある日、伏見ではなく八田が倒れたことがあった。伏見はそのときばかりは他人の目にも分かるくらい焦った。どうすればいいのか分からなくて、取り敢えず寝込む八田を見て慌てる自分を落ちつけ、いつだか八田がやってくれたのを思い出し、不安なところは草薙に電話して、粥を作った。人生初の自炊だったと思う。伏見は一口だけ味見して、落胆した。八田が作ってくれたもののほうが、やっぱり、ずっと、美味しかった。

「サルが作ったのか?」
「ああ」
「……食べてもいい?」
「食えばいいだろ。……無理して全部食べなくていいから」

ひえぴたを額に張った少し情けない顔で八田は笑った。ぜんぶ食う、と、嬉しそうに。伏見はむず痒くて見ていられなかった。八田の気持ちが、少し、分かった気がして。


タイトル:嗚呼、すきです


ななむさんへ贈ります



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