本人に言ったら怒るだろうが、日高は意外なことに童貞ではないらしかった。ある程度の準備をして、それから弁財にキスをすると、ゆっくりとベッドに押し倒した。触れるだけだった唇は徐々に深くなっていく。弁財は一生懸命に短い舌を伸ばし、歯型をなぞるようにぬるりと動く日高の長い舌に対抗するのだが、日高は目を細めて薄く笑うだけで堪えてはいないようだった。息が苦しくなってから弁財は日高を過小評価していたのかもしれないなぁ、と、嫌な気持ちで天井をちらりと見た。酸素が足りない。ようやっと唇が離れると日高は弁財の口元を親指の腹で拭って少し眉を下げる。それが笑みだと分かるのに弁財は随分時間を要した。余りにも日高らしくない笑みだったものだから、気付けなかったのだ。 「痕つけてもいいですか」 弁財は明日非番だとちゃんと日高に伝えたのにと、思いながら頷いた。日高がまた目を細める。これは笑顔でいいのだろうかと、弁財また首を傾げそうになる。 首筋を舐めるように舌が這って、それから淡く噛まれた。日高には犬歯があって、たまにそれがぐりっと喰い込むのが妙に肌に沁みた。弁財さん、と、日高が小さく呟く。日高が出した筈のその声でさえ、弁財はよく分からなかった。日高らしくない。思わず日高の手を探してシーツの上で腕を動かせば、思ったより近くに手はあって、触れると、やっぱり日高だった。日高の手だ。安心する。固くて、弁財のものより大きくて、幾分男らしい手だ。日高は日高だ。驚いた日高が首筋へのキスをやめ、弁財を見た。目が合うと、日高は苦しそうに眉を下げる。これは笑顔ではないと弁財は思った。今度はちゃんとそう思った。弁財さん、と、また日高が口を動かすけれど、それはやっぱり日高の声じゃない無機質なものに聞こえた。日高はもっと言葉を上手に使うと思っていた。けれど、違うのだ。何を不安がっているのだろうと、弁財は日高の頬に指を乗せてみた。日高が泣きそうになる。 「どうした」 日高は繋がった弁財の手を大切に大切に握り返しながら、ぽろぽろと泣いた。 「俺なんかが弁財さんに触れてもいいのかなって、思って」 ああ、馬鹿だなあ、と弁財は日高のそれに唇を押しつけた。手探りで掴んだ手のひらはしっとり濡れていて、愚かに二人を繋いでいた。 タイトル:深爪 ▽ はちさんへ贈ります ← |