卒業旅行に行こうという話を持ちかけたのは高尾だった。案外簡単にのった緑間に少し拍子抜けしながら、どこがいいか聞いて、案の定どこでもいいという彼の意見に自分の意見を上から被せた。
やってきたのは、海だった。春休みを活用してきている為、そこは温かさを持たず、冷たい色をしていた。しかも今日は荒れていて、二人が立っている断崖に波がごうごうと打ち付けている。気でできた頼りない柵に手を乗せて下を除く高尾の後ろから不満げに緑間がぼやく。

「何でここ」
「真ちゃんどこでもいいって言ったっしょ」
「まあ、そうだが」

寒い、と、緑間が文句を垂れるので高尾はちゃんと準備しておいた白のマフラーを彼の首に巻いてやった。何とも言えないような顔をする彼を見ないようにして、高尾は前を向いた。綺麗だね、と、零せば、暫くたってから短く肯定する声が聞こえた。そういう些細な同調が、自分をどうしようもないくらい気持ちを高揚させることができると知ってから、やっと数年経った。もう自立できる年だと、高尾は高校卒業という区切りを見ながら息を吐いていた。緑間も高尾も、大学生になる。緑間は医学部に、高尾は経済学部に。行く先が違うことも、もう緑間の乗ったリヤカーを繋いで高尾が自転車をこぐことはないのだということも、ちゃんと分かっていた。高尾は分かっていて、寒い寒いとマフラーに顔を埋める緑間も、きっと高尾よりずっと深く分かっているのだろうと思っていた。でも消化できないのだ。理解しても、諦められなくて、納得できなくて、どうしようもなく嫌な感じが心の中にもやもやと居座っていた。

「なあ、真ちゃん」

呼び掛けた自分の声があまりにも弱々しくて高尾は思わず顔をあげた。自分で発したのにおかしなことだ。緑間の方が、そうなることが分かっていたような顔で、高尾を見る。何だ、と、聞いたことがないような声を出して先を促すから、高尾はもう駄目だと思った。耐えていたものが、眼球を溶かさんばかりに涙が溢れてくる。もう馬鹿みたいに泣いた。二人の身長差も、直す気が元々なかっただろうずっと同じ緑間の口調も、テーピングされた指先も、高尾だけが許される「真ちゃん」の愛称も、変わらないものであれと願った。けれど、駄目なのだ。もう駄目なのだ。綺麗事をちらつかせ、終わりを悟らせる周囲の空気が高尾は嫌だった。仕方ないことも分かっているから、余計、そんな言葉で終わらせたくはなかった。築いてきた三年間が思い出せば思い出すほど深くて、でも振り返れば呆気ないような気がして、高尾は緑間を見る。海の音が耳に心地よかった。緑間は高尾の涙を親指の腹で拭ってやった。言葉を探して、でも巧いことなんて言える筈なくて、一言、告げたのは三年間言えそうで言えなかった言葉だった。

「お前がいてくれてよかった」

拭ったばかりの右目から一線また涙が流れる。報われないことも多かった。試合に負けた後は練習してもしたりなくて後悔と反省を繰り返して同点に持ち込めても素直に喜べなくて、勝てて、自然に交わし合えた拳の感触はいつまでも忘れられることのないものだ。高尾は思う。これからもう、緑間にボールを投げて、笑むことはないかもしれない。けれど、やっぱりある身長差も、一生抜けないだろう緑間の口調も、高尾だけが呼ぶ、「真ちゃん」の声も、応える緑間の視線も、変わらない。例えテーピングが外されても緑間のことだ、きっと爪の手入れは欠かさないだろうし、おは朝だって毎日見るのだ。見れなかった日はきっと高尾に電話がかかってくる。そうしたら、高尾はちゃんと、おはよう、と、笑える。

「俺もお前がいてくれてよかった、真ちゃん」

海の音が静かに二人を濡らしていた。




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