人事を尽くさないからこうなるのだよ。いつも通りを装ってそう動かそうとした唇はそれを拒むように震えて声を発させなかった。緑間は、ただ膝から崩れそうになるのを必死に抑え込んで立っていた。心の奥がもう駄目だ。と深く意味も考えずに結論を出している。喉を押しつぶす圧迫感はどこからきているのだろうか。現実逃避のように問うがそんなの考える間でもなく目の前の光景のせいだ。 「真ちゃん、」 ごめんね。 謝るくらいなら、そんな姿を見せるな。緑間の唇はまだ動かず、腕は高尾に向くより先に膝を抑え込むことに必死だった。 ▼△ 高尾が怪我をした。全治何カ月という言葉を期待していた部員たちの元に届いたのは、これから一生自力で立つことなど不可能という無慈悲にも程がある医者の台詞だった。ふざけるな。静まりかえる部室の中で最初に声を発したのは緑間だった。本能や欲求より先に理性と理論を翳す緑間にしては異例と言える、先輩たちの言葉を無視して学校を飛び出すという行動を取らせる程の事態だったのは言うまでもない。 ▼△ 病室はどこもかしこも無機質な白で彩られていた。異物を拒むようなその白はベッドで眠る高尾に似合わなかった。 ▼△ 気味が悪いくらいによくできたいつも通りの笑顔で高尾が振り返る。車椅子に乗っている為、いつもより断然視線が低く、緑間はどうすればいいのか分からなかった。ただつい最近までは高尾の頭があった筈の宙を見つめた。真ちゃん、どこ見てんの。俺こっち。腰のあたりで高尾がうるさくないくらいの声を出し、息を詰めた緑間がやっと視線を下げた。 「再起不能だと聞いた」 「あー、そうらしいね。でも車椅子って意外と楽しいぜ?」 気丈に振舞おうとしているのか、それとも本心か。掴みどころのない空気を含ませながら高尾は笑う。傍目から見てそれを無表情で見下ろす緑間の方が痛々しかった。 ▼△ バスケットボールを抱き締めたまま眠る高尾の姿を見て、息がし辛くなるほどに心臓が痛かった。 ▼△ 高尾が車椅子で学校に来たのは事故から数日経った土曜日だった。言うまでもなく授業ではなく部活を見に来たのだ。部員たちは車椅子の乗ってはいるもののそれ以外は元気そうに口を動かす高尾を見てすこし安心したようだった。 「真ちゃーん!」 部活が終わるまで高尾は体育館の端にいて、緑間がひとり自主練しているのを見ていた。すこし休憩しようかと息を吐いたとき、それを見計らったかのようなタイミングで車椅子が動き出す。まだ慣れていないのかぎこちない動きで車輪を動かし緑間の前にやってくると大きく両手を広げた。なにを意味しているのかなど短い付き合いの中で理解している。ボール貸して。口がそう動いた。 緑間はパスが得意ではない。素人よりは流石に巧いが、相手に向かってボールを譲るということがあまりなかった為だ。だから放るのではなく、渡しに行こうと足を踏み出した。 「駄目!」 ところで、高尾が怒鳴るようにそれを止めた。 「なんでパスしないの」 「…危ないだろう」 「危ない? パスくらいできんだろ」 その口調が、俺が取れないとでも思ってるのか。とも聞こえて緑間はぐっと言葉に詰まった。聡い高尾がそんな分かりやすい緑間の思考に気付かないわけがない。はぁ。と溜息を吐きだした。 「来いよ、緑間」 ▼△ 高尾はバスケを捨てきれないのかたまにストリートバスケにくる。勿論車椅子にのったままだ。以前よりも随分低いところからゴールに向かってボールを放つ。ガンッ、と耳障りな音がしてボールが転がった。自分自身すこし笑えてくるのだ。もう無理だなぁ、と分かるのに捨てきれない。ただ車椅子バスケなんてする気にはなれなかった。彼とやらなければ意味がない。自分と彼が同じユニフォームを着て同じコートの中に立って簡単にパスをこなしてゴールが入れば笑って。そんなバスケがこれからずっと出来ると思っていた。出来なくなった。 「ごめんね、真ちゃん」 高尾は後ろを振り返ることもせず、しかしそこにいるのが分かっているから緑間に向かって頭を垂れた。確認するまでもなく、緑間も高尾も泣きそうな顔をしているのだ。 タイトル:白々 ▽ バッドエンドに近いなにか。 20120726 ← |