撮影が終わり、なにをするでもなく、ただなんとなく目についたという理由で書店に入った。全国チェーンの割に有名な書店だということに、自動ドアを潜り、偶然出会った緑間が教えてくれるまで黄瀬は気付かなかったことだろう。「なぜお前がここにいるのだよ」「たまたまッス。暇だったんで」「まさか、自分が載っている写真集でも買いに来たのか」「いや自分のとか要らねえッスよ。どうせなら黒子っちとか青峰っちと、か……」黄瀬はそこまで言ってふと、いま自分がいるコーナーを見渡した。

「…緑間っち、料理本ばっかあるコーナーにいるなんて、意外ッスね」

入り口の入ってすぐは緑間がいつも好んで読んでいる小難しい本はなく、ただ『簡単!はじめてでもできるケーキ作り』、『ニューヨーク仕込のカップケーキの作り方』、『是非作りたい簡単お菓子』という見た目も、きっと中身も甘ったるいようなレシピ本が並んでいた。黄瀬は近くにあった『簡単!はじめてでもできるケーキ作り』を手に取り緑間を見た。レンズの向こうで視線が分かり易く揺れている。

「っ、ち、違うのだよ。別に、別に…」
「だれとは聞かないッス。なんか、作ってあげるんスか?」

緑間は眉間に皺を寄せ、また口を開いたがやがてなにも言わずに閉じた。黄瀬は不機嫌そうな緑間の中に、どこか見える照れ臭そうな雰囲気を感じて柔らかく微笑んだ。緑間がわざわざ書店にまで来て、手作りでなにかをくれてやろうとするような人物を、黄瀬はひとりだけしか知らない。彼が、緑間をここまで柔らかくしてくれたのだろうかと、なぜか泣きそうになった。

「…黄瀬?」
「……なんでもないッスよ。なんでもない。…ね、緑間っち、なんか、変わった?」

不審そうに声をかけてくる緑間に黄瀬がまた微笑む。涙を溜めた瞳は不自然に輝いて、それが一層黄瀬の美麗さを引き立てているようだったが、緑間はその妖艶めいたそれより、黄瀬の声が震えていることが背骨を引き攣らせた。どうした、とか、なぜ泣いている、なんて言えず、ただ前を見詰めていた。

「……お前に言われたくないのだよ。馬鹿め」






「……なぁ、真ちゃん、なんでそれいま言ったの?」

「あれ? 俺の誕生日なのに黄瀬の話? 妬いちゃうんだけど」へらりとした笑みの中に僅かな、ほんの僅かな怒気を潜ませながら高尾は椅子の背もたれに腕を絡めて緑間を見た。緑間はどうかと言えばそんな彼の様子に苛立ち混じりに「誤魔化すな」とその座っている椅子の脚を蹴っている。ぐかん、と椅子が揺れて、それをスイッチに、なにかを切り替えるように高尾は笑顔の質を変えた。それはあのときの黄瀬とも、さきほど繕っていた笑顔とも違う、口元を歪めただけの冷たさの混じった、けれど決して冷笑でも嘲笑でもないその駆け引きをするような笑みだった。緑間はあまり好きではなかったし、高尾自身見せることは稀なもので、机ひとつ分のふたりの間に妙に淡い空気が流れる。高尾はゆるりと口元を解いた。

「お前は自分が変わったと思うの?」
「……俺は、分からないからお前に聞いている」
「嘘付けぇ、真ちゃんだって分かってるくせにっ!」
「そういう茶化したような言い方は嫌いなのだよ。はっきり言え」
「言ってもいいの」
「、変わったと思うのか」

緑間はレンズの向こうで期待と不安と、そして言い表せないなにかを秘めた目で高尾を見る。その目は真っ直ぐで、ただ真っ直ぐで、高尾は舌打ちしたくなる衝動を押さえた。嘘さえ言えない。いつものように見て見ぬ振りで避わすこともさせてくれない。それは苛立ちを高尾に与えると同時に、酷く優しい嬉しさも与えてくれているような気がして、だから高尾はまた無理矢理に表情を繕って「言わない」と笑う。緑間は眉間に皺を寄せてやっと黙った。
なぜ今日ここで、緑間は自分が変わったなどと言い出し、そして高尾にそれを問ったのか。なんとなく分かっていた。でも言わない。言えない。言えば、緑間は高尾がやっと縮めた境界をも一度引き延ばしてくることは明白だ、と高尾は思っているからである。そんなことはない、と緑間は言い返すことも知らずにその想いは詰まっていく。徐々に徐々に、溜まっていくそれに名をつける前に。

「高尾、」
「ん?」
「誕生日、おめでとう。…受け取ればいいのだよ」
「…、照れるねぇ」

緑間から受け取った箱は丁度小さなケーキが入る大きさで、高尾は入っているものを容易に想像して照れ臭そうに笑う。高尾らしい、笑顔だった。緑間はレンズの奥でそっと目を細める。緑間にとって、高尾は相棒だ。どちらかが変わってしまっても、緑間の中でその定義が揺らぐことはない。だからこそ彼は隣に他の人物を置く気はない。そこは高尾の場所なのだ。ただ、高尾の為にある場所で。そして高尾にとって、緑間がそういう存在だということに、お互いはまだ気付いていない。否、絶対てきなそれに、気付くのを躊躇している。もどかしく優しいその距離感は、どちらかが踏み出すまで変わることはないのに、焦らすように吹く冷たい風がふたりの手を凍らせる。


タイトル:子宮



高尾くん、お誕生日なのにこんなテンションで文章書いてごめんね…!
臆病な高緑高でした。どちらかが一歩踏み出すだけでいままで簡単に口にしていた「好き」が違う意味になることがどうしようもなく怖い高尾と、中学時代とは違う様子の黄瀬を「変わった」と感じ、高尾が「変わって」しまったらどうしよう、いや高尾が「変わって」しまっても…と妙な悩み(?)方をする真ちゃんのお話です。めんどくせえ上に説明がないとたぶん伝わらないだろうこの…このスランプェ…
また書き直す時間をいただくかも…
ええと、最後に。高尾和也くん、産まれてきてくれてありがとう…!

20121121



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