※一人称が名前のない女の子 ※設定がややこしいとかいうレベルじゃなくぶっ飛んでいる ※恐らく高緑が前世不幸だった ※以上のことがのめる方のみ、お進みください だいたいぜんぶ平凡。普通に友達もいて勉強も赤点取るみっつ手前くらいでだらっとしない程度に女バスしてやさしい両親がいて、そしてその母親のお腹には新しいいのちがあって。 「弟よ、あなたの弟。和成、っていうのよ」 12歳、中学1年生になって弟ができるなんて思わなかった。ましてやその弟が、2年経ったある日自分の足で立った途端に比喩的な意味で口を開くなんて。 「俺の大切なひとが待ってるんだ、だから、行かなきゃいけない」 いとおしい人を思うように、強い視線で遠くを見つめる若干齢2年とすこしの弟は、本人の話によるとみどりまのために生まれかわった、そうだ。わけが分からなければ意味も分からない。 弟は弟らしからぬ態度でわたしに幾つか質問した。だいたいがここはなんていう街だとか秀徳高校を知っているかとかそんな感じ。わたしはぼやけすぎて色までも分からなくなってしまった水彩絵具を見るような気持ちで弟のそれにただ答えた。にやり、和成は笑う。どうやらわたしの回答がお気に召したらしい。そしてその日、その笑顔を最後に和成はまた仮面を被った。物分かりがよくて素直でかわいい、小さな子供の仮面を。わたしはその奇妙な事実を誰にも言わなかった。不思議な繋がりを和成の中に見出そうとしていたのかもしれないといまとなっては思う。けれどあのとき自分がなにを考えていたのか分からず仕舞いでいるため、これはなんの役にも立たない推測だ。 あれから12年経った、和成が中学3年生になった夏休み手前のある日。わたしは彼が食卓で「秀徳高校に行きたい」と言いだしたのをきっかけに12年前の子供らしからぬ2歳児を思い出した。逆に言うとその日までわたしは忘れていたのだ、あの出来事を。自分の中で自分の時計を持っているから、わたしは忙しかったから、と言い訳した。妙に焦ってちらりと伺うと和成の横顔はいつも通りだった。けれど安堵はしなかった。その瞳だけはやはり、あの日のように力強い光を持っていたからだ。怖いくらいにそれはいとしいものを見つめる視線だった。 秀徳高校に無事合格した和成は入学式の次の日、わたしのもとにやってきた。思春期や目立った反抗期があまりなかったから、12歳の離れたわたしの部屋に来るのは珍しいことではなかった。けれど気になったのは、その日の和成はなんだかとても苦しそうな顔をしていたことだった。 「どうしたの?」そう聞けば「なんでもないけど」と返してくる。かわいげのない弟。「みどりまはいた?」わたしの言葉に和成が目を見開いて、それからぎゅっと拳を作る。きつく、きつく。握り締められた手が傍目から見ていてもただ純粋に痛かった。心臓がじわりとなにかを吐き出す。思いも、血液も。早くなる。溢れ出そうになるそれを呑み込みながらわたしは目を瞑った。暗くなった視界は意識の外に置いておく。耳から入ってくる和成の声が世界のすべてのように美しく儚く、大切な存在だった。 「しんちゃん、いなかった」 それだけ言って嗚咽を零す。止まないそれにしばらくしてからわたしはやっと慌てた。瞼を急いで持ち上げると和成はお気に入りだといっていたパーカーの袖をぐっしょり濡らして顔を抑えていた。そっと手を伸ばしかけて、あ、と腕を止める。わたしがいま、和成を抱きしめてもいいのだろうか。和成は、違うひとを、みどりまを待っているのだから、わたしではたぶん、いや絶対。足りない。 「っ、」 それでも。わたしは和成を抱きしめることにした。いつの間にかわたしと同じ身長になって追いこされていまはわたしが見上げなければいけなくなったけれど、それでも彼はこんなに小さくなって苦しそうに喉を詰まらせている。「しんちゃん、」涙に濡れた言葉がわたしの肩に沁みる。 和成は言葉を詰まらせる。「す、」きが、吐き出せないんだ。言わないといけない言葉なのに、相手がいなくて。彼にとってわたしはただ姉で、しかもこれが2度目の人生なのだとしたらニセモノの家族で。でも、みどりまが、しんちゃんがいない以上、頼れるのはコンナモノしかいないんだ。それはとても、辛いことなんじゃないのか。そう思うとわたしも喉が詰まったように息がし辛くなった。 落ちついた頃、ベッドに腰掛けてわたしと和成はなんとなく手を繋いでいた。ぽつりと和成が口を開いた。「お前を、」「お姉ちゃん」「…姉ちゃんを、」即効で訂正させることはわたしの意地だった。 「はじめてみたとき、みどりまだと思ったんだよ。しんちゃん、みたいに芯の強い、目をしてた。綺麗な指も似てた、から」 でも、違った。わたしは和成の望む存在なんかじゃなかった。和成が欲しいものなんかじゃなかった。握る左手に力が込められる。わたしは応えるように右手に力を込めて握り返す。 「しんちゃんに、会いたい……」 和成はまたキレイな涙を流した。 わたしは彼の力になりたいと思った。虚しい空気が肺から抜ける。これは現状味のない重さだった。 タイトル:彼女の為に泣いた ▽ 高緑のお話、高緑のお話なんです。 補足説明、というかたぶん皆さん気付いていると思いますが、最後手を繋いでいるところで、高尾が彼女の右手を握ったのは、単純に緑間じゃないひとだからです。緑間とだったら、高尾は自分の右手を出して彼の左手を握ります。緑間の手は宝物できっと彼自身も高尾ぐらいにしか触らせなかったんだと思っています。高尾は自分の右手を緑間の左手と繋ぐためにキレイなまま、残しているという長い説明のいる裏事情がありました。わかりにくいいい ← |