Side 悠斗 | ナノ


(8)


結論から言うと、気のせいじゃなかった。


「っ、ふ・・・」

「由紀!? 由紀!!」


午後の練習が終わって、合宿所に戻る直前。
2人でグラウンドのチェックをしていたその瞬間、由紀は倒れてしまったのだ。


「熱中症、か? 由紀、大丈夫か?」

「……じょ、ぶ・・・から、・・・気にしな、・・・で」

「気にしないでいられるわけねーだろ! おぶされるか?」

「っ、・・・・・・」

「……力、入らないな。……ちょっと揺れるぞ、っと」

「…………っ、!」


由紀は体の力が入らないらしく、おぶさる元気もないようだった。
俺は、ちょっと思案した後、由紀の足の下と背中を腕で支え、よいしょと持ち上げる。
……まあ、ロマンチックな言い方をすれば、「お姫様だっこ」ってやつだ。


「キャ、プ・・・」

「大人しくしてろって。つかまれそうなら、つかまって?」


抱えた瞬間、由紀は慌てたように少し身じろいだ。
でも、声をかけると、おずおずと俺の首に手を回す。


由紀の呼吸は荒く、顔が真っ赤だ。
十中八九、熱中症だろう。
水分補給の間も惜しんで動きっぱなしだったから……。がんばりすぎなんだよ。








**********


由紀は、合宿所のベッドで横になっている。
俺は、由紀の頭の下のアイスノンを取り出し、新しいものに取り替えた。
一緒に、脇の下や足の付け根に置いてあったものも取り替える。
……女の人、いねーから・・・。仕方ねーの!


「キャプテ、ン・・・洗濯物……」

「みんなにやらせてっから」

「食事、片づけ・・・と、明日の準備……」

「それも、みんなでやってる。……いつもありがとな」


今部員は、いつも由紀がやってくれている雑務を、おたおたしながらこなしている。やってみると、本当にすごい量で……。
あれを、一手に引き受けてくれているんだから、マジで頭が下がる。
でも、お礼を言った俺に対して、由紀はふるふると頭を振った。


「ごめ、なさい・・・。わたしの仕事、なのに……」

「いいんだよ。たまには、俺らにやらせれば。俺も、由紀の大変さが身にしみたし」

「だめ。みんなは、野球がんばってるん、だから……わたし、頑張らなきゃ……」

「ゆーき。……いいから、体治すこと考えろよ」


ぺちん、と由紀の頭を軽くたたいてみる。すると、由紀はうりゅうっと目をうるませた。


「わ、ごめん! 痛かったか・・・!?」

「ちが・・・。……ごめんなさいぃ・・・」

「……バカ。だから、気にすんなって」


たぶん、熱中症で気持ちまで弱っているんだろう。
どんどんネガティブ思考になる由紀の頬を、両脇からやんわり掴む。
それから、由紀の顔をのぞき込むようにして、正面から見やった。
……くそ、可愛いな。


「いま、部員が一番喜ぶことって、なんだと思う?」

「た、橘高校に、勝つこと・・・?」

「あー・・・質問の仕方が悪かったな。いま、由紀ができることで、部員にとって一番嬉しいことってなーんだ?」

「……早く、洗濯物たたむこと・・・?」

「違う」


どんだけ洗濯物にこだわるんだ、と思いつつ、由紀に笑いかける。
由紀の両頬から手を離して、ゆるりと頭をなでた。


「由紀が、早く治ること。んで、みんなの前に元気な姿見せること。……な?」

「……きゃぷ、て・・・」

「みんな、由紀が元気になるの、待ってるから」


待ちながら、洗濯物におたおたしてるからさ。
俺がここにいるのは、いわゆる部長特権ってやつだし。


「だから、早く治って、元気な顔見せてやれよ。……な?」

「っ、うん」


由紀は、今度こそ大きくうなずいた。





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