(8)
結論から言うと、気のせいじゃなかった。
「っ、ふ・・・」
「由紀!? 由紀!!」
午後の練習が終わって、合宿所に戻る直前。 2人でグラウンドのチェックをしていたその瞬間、由紀は倒れてしまったのだ。
「熱中症、か? 由紀、大丈夫か?」
「……じょ、ぶ・・・から、・・・気にしな、・・・で」
「気にしないでいられるわけねーだろ! おぶされるか?」
「っ、・・・・・・」
「……力、入らないな。……ちょっと揺れるぞ、っと」
「…………っ、!」
由紀は体の力が入らないらしく、おぶさる元気もないようだった。 俺は、ちょっと思案した後、由紀の足の下と背中を腕で支え、よいしょと持ち上げる。 ……まあ、ロマンチックな言い方をすれば、「お姫様だっこ」ってやつだ。
「キャ、プ・・・」
「大人しくしてろって。つかまれそうなら、つかまって?」
抱えた瞬間、由紀は慌てたように少し身じろいだ。 でも、声をかけると、おずおずと俺の首に手を回す。
由紀の呼吸は荒く、顔が真っ赤だ。 十中八九、熱中症だろう。 水分補給の間も惜しんで動きっぱなしだったから……。がんばりすぎなんだよ。
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由紀は、合宿所のベッドで横になっている。 俺は、由紀の頭の下のアイスノンを取り出し、新しいものに取り替えた。 一緒に、脇の下や足の付け根に置いてあったものも取り替える。 ……女の人、いねーから・・・。仕方ねーの!
「キャプテ、ン・・・洗濯物……」
「みんなにやらせてっから」
「食事、片づけ・・・と、明日の準備……」
「それも、みんなでやってる。……いつもありがとな」
今部員は、いつも由紀がやってくれている雑務を、おたおたしながらこなしている。やってみると、本当にすごい量で……。 あれを、一手に引き受けてくれているんだから、マジで頭が下がる。 でも、お礼を言った俺に対して、由紀はふるふると頭を振った。
「ごめ、なさい・・・。わたしの仕事、なのに……」
「いいんだよ。たまには、俺らにやらせれば。俺も、由紀の大変さが身にしみたし」
「だめ。みんなは、野球がんばってるん、だから……わたし、頑張らなきゃ……」
「ゆーき。……いいから、体治すこと考えろよ」
ぺちん、と由紀の頭を軽くたたいてみる。すると、由紀はうりゅうっと目をうるませた。
「わ、ごめん! 痛かったか・・・!?」
「ちが・・・。……ごめんなさいぃ・・・」
「……バカ。だから、気にすんなって」
たぶん、熱中症で気持ちまで弱っているんだろう。 どんどんネガティブ思考になる由紀の頬を、両脇からやんわり掴む。 それから、由紀の顔をのぞき込むようにして、正面から見やった。 ……くそ、可愛いな。
「いま、部員が一番喜ぶことって、なんだと思う?」
「た、橘高校に、勝つこと・・・?」
「あー・・・質問の仕方が悪かったな。いま、由紀ができることで、部員にとって一番嬉しいことってなーんだ?」
「……早く、洗濯物たたむこと・・・?」
「違う」
どんだけ洗濯物にこだわるんだ、と思いつつ、由紀に笑いかける。 由紀の両頬から手を離して、ゆるりと頭をなでた。
「由紀が、早く治ること。んで、みんなの前に元気な姿見せること。……な?」
「……きゃぷ、て・・・」
「みんな、由紀が元気になるの、待ってるから」
待ちながら、洗濯物におたおたしてるからさ。 俺がここにいるのは、いわゆる部長特権ってやつだし。
「だから、早く治って、元気な顔見せてやれよ。……な?」
「っ、うん」
由紀は、今度こそ大きくうなずいた。
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