(5)
「……キャプテン!」
「うわっ!」
気がつくと、由紀が俺の顔を覗き込んでいた。 大きな瞳は、心配そうに俺を見上げている。
「由紀……」
「キャプテン……大丈夫?」
「あ、ああ」
ふうっと息を吐いて、深呼吸する。 落ち着け、俺。
そんな俺の様子を見ていた由紀は、握られた俺の手の上に、自分の手を乗せた。
「……由紀?」
由紀は、手が白くなるほど硬く握られた俺の手を、少しずつ解いていく。
「……こんな握っちゃダメ。血が行かなくなっちゃうよ」
人差し指、中指……。 順々に俺の指を解いた由紀は、開かれた俺の手に、小さな手を重ねた。
「おっきい手だね。……キャプテン?」
「ん?」
「……大丈夫。大丈夫だよ」
こんなに大きな手なんだもん。 そう続けて、由紀は笑った。
ちょっと支離滅裂な励ましに、思わず吹きだす。
「なんだそれ」
「え、えへ?」
由紀自身も、自分で言っていて良く分からないようだ。 舌を出して、クスリと笑った。
「ね、キャプテン?」
「ん?」
「キャプテンがどんな選択をしても、それでどんな結果になっても……それは正しい選択なんだよ!」
「……ん。ありがとう」
必死に応援してくれているのが分かるから、俺は頷いた。 それを見て、由紀は笑う。
大丈夫。 応援してくれる人がいるから。 ……俺は、絶対やれる。
「あ」
「え?」
「由紀……」
「なあに?」
応援してくれる由紀に、こんなこと言うのは、わがままでしかないのかもしれない。 ……でも。
「由紀、俺の名前、呼んで?」
「え……?」
今言うことじゃないのかもしれない。 でも……今だからこそ、名前を呼んで、応援してほしい。
「……だめ?」
「う……」
由紀が俯いてしまう。 ……だめ、か。 つか、なんでダメなんだよ!
……ま、いいけど、さ。
「ん。困らせて、ごめんな。……行ってくるわ」
最後に、ぎゅっと由紀の手を握って、由紀から離れる。 ……おし。
頬を両手で叩いて、気合を入れる。 やってやろうじゃん。
息を整えて、ベンチから出ようとした瞬間、後ろからドンっという衝撃がきた。
「ゆゆゆゆ悠斗くん!」
「うわっ!」
振り返ると、背中に由紀が寄りかかっている。 ……あれ?今……
「ゆ、悠斗くん……頑張って!絶対大丈夫!」
顔を真っ赤にして、由紀が言った。 それを見て、心がふわって温かくなるのを感じる。
「ん。サンキュ。……行って来る!」
たったそれだけのことで、力が沸くなんて、本当バカみたいだ。 ……単純でも、いい。
由紀が名前を呼んでくれた。 それだけで、俺の決意まで、固まった。
「っしゃーあっ!」
自分に気合を入れて、マウンドに立つ。 バッターボックスには、柳沢。
……絶対、負けないからな。
俺は、大きく振りかぶった。
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