3 de 遊園地:06
【壱と美姫】
「うわーん! 奈緒が紳くんの色気にやられるよー!!」
観覧車の窓枠にひじをついて、篠崎先輩が悲壮感に満ちた声をあげる。 視線は、中の見えないひとつ前のゴンドラに向いている。
「なおなおーっ!! 紳くんの笑顔に負けないでーっ!」
「うるさいです、チャラ男先輩」
「なんだよー! 女王は心配じゃないの!? 譲と一緒なのって、女王が大好きなあずみちゃんじゃん!」
「……心配じゃないです」
「うっそだー! だってあずみちゃんだよ!? ジェットコースター苦手仲間として、意気投合するよ!!」
「……だ、だって・・・」
「……うぅ、ごめん。意地悪しちゃった」
篠崎先輩の言葉に、少しだけ動揺してしまう。 すると、篠崎先輩は慌てたようにあたしの顔を覗き込んだ。
「だ、いじょうぶですもの」
「うんうん、大丈夫大丈夫。……にしても、こんな密室で2人きり。紳くんがなおなおの魅力に気づいたらどうしよう……!」
……なーんておたおたしつつも、篠崎先輩だってまさか2人がどうなるなんて思っていないんでしょう。ぷぅっと口を膨らませ、体を揺らしてはいるけれど、鼻歌なんか歌ってる。 ……よく分からない人ねぇ。
「なおなーお、なーなーなーお♪」
篠崎先輩の鼻歌・・・を超えて、もはや口ずさんでいるレベルの歌声に耳を傾けると、どうやら2つもひらがなをリズムに合わせて口にしていた。 ……これ、人によっては引くような気がするけど……。 そういうもの? あたしも、「ゆ」と「ず」でなにか歌ったほうがいいのかしら?
……って、違う。
篠崎先輩のアホさに引っ張られて、忘れていたわ。 観覧車で同乗することが決まった瞬間、先輩に聞こうと思っていたこと。
あたしだって、もちろんゆずと一緒に乗れたら良いかも、とは思っていたわ。 でも、誰と同乗してもきっと楽しかったと思うから、じゃんけんには賛成の意を示した。
そして、ペアが篠崎先輩に決まったとき……。 絶対に、聞かなければ! と思ったことがあるじゃない!!
「し、篠崎先輩!!」
「んー? どしたの? 『篠崎先輩』なんて、珍しいね? いつもチャラ男だのなんだの・・・」
「ちょっと、黙って聞いてください」
「うぇえ!? なにそれ!?」
「大事な話があるんですっ!!」
「……!! な、なんだい?」
あたしの呼びかけに茶々を入れてきた篠崎先輩を制して、「大事な話」を切り出した。すると、篠崎先輩は真剣な顔で首を傾げる。 ……よし、聞かなくちゃ。あたしとゆずの将来のためにも、聞かなければ……!!!
「ゆずとの関係で……本当に悩んでいることがあって……」
「う、うん。あずみちゃんにも相談してないの?」
「……してません。あずみ先輩にも、奈緒先輩にも……。篠崎先輩にしか聞けなくて……」
「マジか!! よっしゃ、ついに来たオレの時代! なんでも聞くがよい」
「ありがとうございます!! あの、あたし……」
「うんうん」
ゆるんだ表情から一転、真剣な顔であたしの話を聞いてくれようとする篠崎先輩を、ちょっとだけ見直す。やっぱり、奈緒先輩が選んだ相手ですものね。ただのチャラ男ではないんだわ。
「あたし……」
「ごくっ」
「……ゆずを、誘惑したいんです」
「……え?」
「だから、ゆずを、誘惑したいんです!」
「いやいや、繰り返さなくても聞こえてるよ! なにそれ!?」
「だって、恋人同士ならセックスをするものなんでしょう!?」
「うぇえ!?」
「ゆずってば、全然そんな気ないんですもの!! あたし、ゆずとならいいのに!」
「……えー、相談ってそれ?」
「はい! ゆずの誘惑の仕方を教えてください!!」
意気揚々と問いかけると、篠崎先輩は「うーん」と首を傾げた。
「でもオレ、男だし……。女の子誘惑することはあっても、男を誘惑するなんて気持ち悪いこと、したことないよ?」
「そんなこと分かってます」
「じゃあなんでオレー?」
「だって……さっきも言ってましたけど、奈緒先輩の魅力がすごいって……」
「…………!!」
「そんなステキな奈緒先輩にたくさん誘惑されている篠崎先輩なら、きっと分かるかなって……」
「……お、おぉ!」
「だから、奈緒先輩の魅力的なところを……」
「そういうことねっ! それなら、世界一かわいーなおなおの彼氏であるオレに聞くのが一番正しいっ!!」
あたしの言葉を聞いて納得したらしい篠崎先輩は、へらりと笑ってぎゅっと拳を握った。 それから、座りなおして、真剣な表情で語り始める。
「うー、ん。観覧車終わるまでにどれだけ伝えられるか分からないけど……。奈緒の容姿的な可愛さはひとまず置いておいて。……まず大切なのは、『ギャップ』だね!」
「ギャップ・・・?」
「そうそう。奈緒って、普段はしっかり者さんでしょ? ツンツンしてることもあるし」
「篠崎先輩のスキンシップもうっとうしそうにしてますよね?」
先輩の発言に肯定の言葉を述べると、先輩はうっと息を飲んだ。
「……ま、まぁそうだね」
「うざそうにしてますものね」
「…………うわーん! 女王のばかっ!! 教えてやんないよ!」
「え!? あ、ごめんなさい!」
拗ねてしまった篠崎先輩を見て、ようやく自分の失言を悟る。 本音を言い過ぎるのも、よくないことなのね。 ……反省。
「とにかくね、いつもベタベタしてちゃダメなの」
「でも、恋人ならずっとくっついて……」
「だーかーらー、それが当たり前になっちゃうでしょう!?」
「……っ!」
「普段ツンツンしてる奈緒が甘えてくるときのギャップったら半端ないよ! ちょーう可愛い!! 普段のツンツンながんばりやさん奈緒も可愛いけど、甘えモードのなおなおは別格!!」
「べっかく!」
「まずはそれだね。『人前だからダメ!』とか言ってる奈緒が、自分から求めてくるときなんてもう! 『オレいつ死んでもいいやー』って思えるくらい幸せだからね。……奈緒といられなくなるの嫌だから死なないけど」
「……なるほど・・・」
意外に的を射ている先輩の言葉。これは思わぬ収穫だわ……。 バッグからメモを取り出して、「ギャップ」と「別格」をメモする。
「奈緒ほどじゃないけど、女王も顔はすげえ可愛い部類に入るんだし、譲ってば女王のこと大好きなんだから、くっつくのは悪くない。……でも!」
「はい!」
「今女王に必要なのはプレミア感! 譲だって、女王からくっついてくれなかったら自分からくっつくでしょう? 女王、譲からぎゅってされたくない!?」
「さ、されたいですっ!」
「じゃあまずは、すこーしだけくっつくのを我慢しようね! そんで、譲がモヤモヤしはじめたところで譲の家へGO!」
「ゆずのおうち?」
「そうだよー。誘惑したいんでしょ? 初っ端青姦なんて難易度高いし。譲ってそういうの好きなタイプじゃないからね」
「あおかん・・・?」
「わーわーわーっ! 今の忘れて!」
謎の言葉を復唱すると、先輩は慌てて顔の前で手を振った。 「あおかん」って、なんだったのかしら?
「ごほん。……そんで譲のおうちに行くでしょ?」
「は、はい!」
「でも、突然スキンシップをはかるのはNG。それじゃあなんの意味もないからね。ここはまだ、『別に興味ありませんよー』てな感じで距離を置いて」
「距離、と」
「で、まずはきっかけかなぁ? ……女王、ぬるくなったコーヒーでも被ったら?」
「コーヒー?」
謎のアドバイスに首を傾げると、篠崎先輩はこくんと頷いた。 ふざけているわけじゃないのね。
「そんでシャワー借りちゃえ。譲って強引なタイプじゃないし、それくらい漫画染みたきっかけがあったほうが手を出しやすいかも……。譲の洋服借りて、『ぶかぶかー』とか可愛く言ったりね。湯上りの威力って半端ないから! たとえばこの間の奈緒なんて……」
その後も、篠崎先輩は奈緒先輩の様子を交えながらいろいろなアドバイスをくれた。それはもう、かなり際どい話まで。 予想以上の収穫! 篠崎先輩、見直したわ!!
「……あれ? もうゴールじゃん。残念だけど、『奈緒の魅力を教える会』はここまでー」
「あ、はい!」
篠崎先輩の言葉に、あたしはメモを取っていたノートを閉じて、ぺこっと頭を下げた。
「ありがとうございました!」
「うんうんー。まあ、最終的には女王らしく譲をお誘いしたら良いんじゃない?」
へらっと笑って、篠崎先輩は立ち上がった。 それから、係員さんが開けてくれたドアから、ぴょんと飛び出す。
「がんばれ、女王!」
「あ、はいっ!!」
「じゃあ、足元に注意ね! ……なおなおーっ、会いたかった!」
最後にあたしに笑顔を向けた篠崎先輩は、観覧車を降りた瞬間、ダッと奈緒先輩のもとに駆け寄った。 抱きつこうとした篠崎先輩の向こう脛を、奈緒先輩がげしっと蹴飛ばす。
「うぎゃっ!? な、なにすんの!?」
「……いや、雪平くんの助言にならって?」
「えぇ!? 紳くん、奈緒になに言ったの!?」
「知らん」
「知らないわけないでしょ!? あずみちゃん、紳くんのこと蹴飛ばしちゃえ!」
「やだよう」
なんとなしにその様子を眺めていると、ふと横から温かな気配。 視線を上げると、ゆずがちょっとはにかんだような笑顔であたしを見ていた。
「ゆず!」
「観覧車、たのしかった、か?」
「ええ! でも、ゆずに会えなくて……」
……「会えなくて、寂しかった」と言って抱きつきかけた瞬間、はたと篠崎先輩の言葉を思い出す。 ギャ、ギャップだ。我慢だ。誘惑モードにはいらなくちゃ。
「……会えなかったわね」
「うん」
「じゃあ、みんなに合流しましょう? ……抱きつかないわよ!」
「う、え!?」
ゆずにズバッと指差して、あたしは先輩たちのほうにダーッと走り出した。
ゆずの顔を見ていたら、すっごく抱きつきたくなるんだもの。 作戦成功のためにも、頑張らなくちゃ!!
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