3 de 遊園地:05
【紳と奈緒】
機嫌、わるっ!
観覧車の窓にひじをついた雪平くんは、イライラした様子で眼下を眺めていた。 彫刻みたいに整った顔は、不機嫌そうに眉根をしかめている。
「……あ、のー?」
「なんだ?」
あ。でも、問いかけには一応回答してくれるのね。 振り返った雪平くんは、眉根のしわを少しは和らげてくれたようだ。ちょっとだけ、ほっとする。
「機嫌、悪いね」
「……まあ、な」
「ごめんね? デートの邪魔しちゃって」
「いや……まあ、お互い様だろう」
言いながら、雪平くんが少しだけ口角をゆるめる。 そういえば、壱が言ってたなぁ。 「紳くんの笑顔は、マジでやばい!! オレ、うっかり落ちそうになったことあるもん」だとかなんとか・・・。 あのときは、ヤリ○ン(一応、伏せ字ね)を脱した壱との関係において、次なるライバルは雪平くんになるんじゃないかと思っちゃったよ。
「篠崎は、バカだろう」
そんなことを考えながら、目の前の銀髪を眺めていると、雪平くんが、ふと言葉を発した。 誰もが知っている、周知の事実だわな。
「ま、ね」
「……よく、許したな」
「そうだねー」
それはたぶん、壱とあたしが採点ゲームをしていたときのことだろう。 雪平くんの言葉に苦笑いで返すと、雪平くんは少しばつの悪そうな顔をした。
「あぁ、悪い。……純粋に、疑問だったんだ」
「いえいえー。あの節は、いろいろとご迷惑をおかけしました」
壱が、言ってたのね。 「紳くんにも、ずっと言われてたの。『鈍すぎると、取り返しのつかないことになる』って。でもオレ、自分の気持ちに向き合わなかった」って。 雪平くんとか、柴崎くんとか……壱の友達の言葉と、あずみや千夏の言葉が、今のわたしと壱を作ったと思うんだよね。
「まあ、ちょっとムカついたけど……」
「ちょっと、か」
「……だいぶムカついたけど」
雪平くんの茶々に対して、言葉を訂正する。雪平くんは、それを聞いておもしろそうに笑った。 ……あー、ごめん壱。この人、本当にカッコいいわ。
「でもまあ、それでも好きだし」
「ふうん」
「許すとかって問題じゃなくて……あたしは、壱がいないとだめだから」
「へーえ」
「それに、壱に『奈緒をオレのものにしたい』って言われたとき、全部吹っ飛ぶくらい幸せだったんだよね」
「……あまり、甘やかさないようにな」
「でもまあ、今はあたしのこと大事にしてくれ…………って! のろけてんの、だいぶ恥ずかしいんですけど・・・!」
おもしろそうにしながら、あたしの話を聞いている雪平くんを睨みつける。いちいち茶々入れやがって……。
それから、ふと思い立って、逆襲してやろうという、間違った方向に思考がいった。
「雪平くんは?」
「ん?」
「あずみが浮気したら、どうする?」
内心、「絶対しないだろうけど」と思いつつ聞くと、雪平くんは口角を上げたままふっと笑った。
「あずみが?」
「うん」
「誰と?」
「……誰、って・・・」
「俺よりいい男がいるのか?」
「…………くっ、」
「するわけがないだろう。合意の上での行為はありえない。もし、誰かが強引にあずみをものにしようとするなら……」
「ご、ごめんなさい変なこと聞きましたすみませんでした」
そう言った雪平くんの目が怖くて、あたしは思わず頭を下げた。 うぅー、ごめん壱。壱は雪平くんに勝てないって言ってたけど、あたしも無理だ。2人そろって、雪平くんに完敗だよ。
「……大澤は、」
心の中で壱に無駄な謝罪をしていると、ふと雪平くんが口を開いた。 その視線は、自分たちの次……つまり、壱と美姫ちゃんのゴンドラに向かっている。 ……まあ、折り返し地点に行かないと、真上にあるあずみたちのゴンドラは見えないしね。
それにならって、わたしも真下のゴンドラに目を向けた。 壱がなにやら、美姫ちゃん相手に熱弁を振るっている。 ……なに、話してるんだろう。なんか、嫌な予感が……。
「壱とは、同じ大学に行くんだろう?」
「え? あ、うん。一応、その予定」
「壱の頑張り次第、か?」
「そんなとこ。……まあ、壱って要領はいいから、たぶん大丈夫……だと思う、けど」
あたしの頭には、壱と離れるというビジョンが浮かばない。だから、たぶん大丈夫だろうっていう変な確証があったりなんかする。 志望校判定は、まだまだCなんだけどね。
「あずみは、進学予定じゃなかったよね?」
「ん? あぁ」
「確か、雪平くんがやってる会社を手伝うとか……。雪平くんのお父さんの会社かなんかなの?」
雪平くんは、確か高級マンションの一室に住んでいたし……。実家がよっぽどのお金持ちなのかと思って問いかけると、雪平くんはあいまいに笑って見せた。
「一応、俺の会社なんだが……」
「え?」
「まあ、ややこしいから、そういうことにしておいてくれ」
ふっと笑った雪平くんは、今度こそ自分たちの前のゴンドラに視線を向ける。 話しているうちに折り返し地点を過ぎたらしく、真上からあずみと柴崎の姿がよく見えた。 ……なんか、のんびりしてるなぁ。
「……あ、頭撫でた」
「…………」
「なんであの2人、仲良くなってるの?」
「…………『好き』?」
「へ?」
「あの野郎……」
ゴンドラを注視しながら、雪平くんが舌打ちをする。雪平くん今、「好き」って言った? まさか、ほかのゴンドラの声が聞こえるわけもないし、……それ以上に、あたしに対してその言葉を言うわけないから、聞き間違いかな?
それに、舌打ちをしつつも、雪平くんは怒ってはいないようだ。柴崎とあずみがどうにかなるなんて、万に一つもありえないもんね。
「……もう、終わりだね」
「そうだな」
「雪平くんって、結構喋るんだね?」
「ん? ……まぁ、普通だろう」
ふっと笑った雪平くんは、ゆっくりと腰を上げて、観覧車から一歩足を踏み出した。 それから、ふと何かを思い出したように、くるりとわたしに向き直る。
「……あぁ、そうだ」
「え? どうしたの?」
「壱だが……一応、蹴りのひとつくらい入れておけ」
「へ?」
壱に蹴り? それは、どの件でだろう……? 正直、心当たりがありすぎてわからない。
「それだけだ」
雪平くんの忠告の意味が分からず、あたしは首を傾げた。 とうの雪平くんといえば、あずみの腰を抱いて、柴崎の頭にチョップをくらわせている。
「……なんだろ?」
まさか、思うわけないじゃん? 壱と美姫ちゃんが、とーんでもない会話をしていたなんて。 その会話が、雪平くんには聞こえていただなんて。
……思うわけないだろ、壱のバカーッ。
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