お隣さんである、奈緒の家。 オレの家とは違って、整理されている奈緒の家の玄関。上がった瞬間、オレは靴を脱ごうとしている奈緒の腕を掴んだ。
「・・・い、?」
「……奈緒、オレ・・・」
「え?」と首を傾げる奈緒の手をぎゅって握って、奈緒の目をまっすぐに見た。
「奈緒が好き。・・・好き」
「い、ち・・・?」
奈緒の目が、大きく見開かれる。 玄関先でする話じゃない。……でも、オレの口は止まらない。
「オレ、奈緒が大事なんだ。離れたく、ないよ・・・」
「……うん、」
「好き、」
「壱・・・」
焦りすぎて、TPOもくそもない告白をするオレ。 でも、奈緒の目は、そんなオレを責めていなくて……。 ふわり、と笑った奈緒は、オレの手を解くと、逆に、手を握り返してきた。 それから、「靴、脱いで」と言って、オレの腕を引っ張る。
学校から、ここまで我慢したのに……。 堪え性ないな、オレ。
言いたいことは山ほどあるけど、奈緒に倣って靴を脱いだ。 奈緒に着いて、階段を上がって、奈緒の部屋に行く。
……4日前に、奈緒とお酒飲んだ、部屋。
「……お茶、」
オレの手を解いて、奈緒の部屋にあるミニ冷蔵庫に手を伸ばした奈緒。 でも、オレは手を引っ張って、その行動を制した。 ……お茶、いらないもん。
「奈緒・・・あのね……」
「壱……」
相変わらず、支離滅裂になにかを言おうとしたオレの唇に指を押し当てて、奈緒が笑った。
「あのね、壱……。まず、あたしの話、聞いてくれる?」
「え……?」
「あたし、壱にいろいろ隠してた。……だから、」
「……うん、」
「逃げてたんだ、あたしも。この関係が、好きだったから」
「奈緒・・・」
「だから、まず……あたしから、話してもいい?言いたいこと、たくさんあるんだよ」
“逃げない”は、オレのセリフだと思ったけど……。 でも、“逃げない”っていうのは、奈緒とか自分の気持ちから目を逸らさないで、向き合うことだって思ったから。 こくん、とうなずいたオレを見て、奈緒は口を開いた。
「壱とあたしって……もう、17年とか18年の付き合いでしょう?」
「うん。誕生日・・・近いしね」
聞いて驚け。 オレと奈緒の誕生日って、2日しか違わないんだよ。 オレのほうが、少しだけお兄さん。
「産まれたときから家が隣同士だったし、一緒に成長してきたから……ほとんど、兄妹みたいに過ごしてきたよね」
「うん」
イベントごとも、何もかも一緒だった。 オレの家のアルバムには、ほとんど奈緒も写ってるし、奈緒のアルバムも同様だと思う。 幼稚園入園、卒園、小学校入学、修学旅行、卒業……。 幼稚園から高校まで、全部一緒のオレたちは、全部の記念写真を一緒に撮っていた。 それに、ね。 オレがはじめて話した言葉って、「ママ」じゃなくて、「なお」だったんだよ。 親同士の会話でたくさん名前が出てたから、自然に覚えちゃったんだってさ。 母ちゃんは、そのときのことを話すたび、複雑そうな顔をする。
「一緒に成長してきて、ね。あたしは・・・すごく、勝手なんだけど、この先もずっと、壱と一緒にいるもんだって思ってたの」
「オ、オレだって、思ってるよ!奈緒と離れるの、想像できないもんっ!!」
「……そう?」
奈緒だけが思ってるわけじゃないのに・・・。 そう思って口を挟むと、奈緒は眉根を下げて、少し寂しそうな顔をした。 ……本当に、思ってるのに・・・。
「それで・・・あのね。小学校の頃の話……なんだけど、」
それから、奈緒はおずおずと口を開いた。 ……小学校。 この間、酔った奈緒に言われて思い出した……ファーストキスと、結婚の約束のお話し。
「あの・・・壱は、忘れてると思うの。……あたしと、キスしたことないと思ってるみたいだし……。でも、ね」
「…………結婚の、約束?」
おずおずと尋ねると、奈緒は目を丸くした。
「おぼえてる・・・の?」
「……この間まで、忘れてた。最近・・・思い出して……」
そう言うと、奈緒はちょっと息を呑んだ。
「……えっと、じゃあ・・・キスしたことも、覚えてる?」
「覚えてる。……それから、『ボクがなおなおをお嫁さんにする』って、言ったんだよね」
「……そ、そっか・・・」
ごめん。 本当は、思い出したのは奈緒に言われてなんだ。 オレ……本当に、最低だ。
「えっと・・・それで、ね。あのときのことって、壱にとってはなんでもない思い出だと思う」
「そんなこと、」
「なく、ないよ。……壱が悪いんじゃない。あんな約束引きずって、満たされてたあたしがバカなんだよ」
ふふって、奈緒が自虐的に笑った。
「勝手に、ね。時期が来たら、壱とちゃんとお付き合いして、もう一度キスをして……それから、はじめての行為も、壱とするんだろうなって……思ってたんだ」
「…………っ、奈緒・・・」
「あ、違うの。そう思ってたって言うか……なんとなくよ、なんとなーく。あたしが勝手に考えてたことだから……」
手をぶんぶん振って、奈緒が困ったみたいに笑う。 ……でも、そっか。
オレは、奈緒を“女の子”として見てなくて……。 キスも、セックスも、あまり深く考えていなかった。 だから……正直、誰とシても一緒だと思ってたんだ。
奈緒とヤって、その考えって間違いだって分かったけど……。
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