思いのたけを、ぶつけよう。 事態は、前進するかもしれない。……もしかしたら、後退するかもしれない。 でも、言うしかない。 奈緒を失うくらいなら……オレは、言うしかないんだよね。
「は、ぁっ・・・」
空き教室から、第3視聴覚室までは、意外に距離があった。 部活に入っていなくて、なんやかんやと運動不足なオレは、ぜいぜいと息を切らしてしまっている。
「な、お・・・」
ふう、って、呼吸を整える。 ……よし。・・・よっし。
ゆっくりと、視聴覚室に近づく。 紳くんの言うことが正しければ・・・奈緒は、この中にいる。
普通に考えたら、紳くんが奈緒の居場所を知っているわけはないんだけど・・・。 オレは、奈緒はこの中にいるって信じていて・・・。
そして、ゆっくりドアを開けた。
「・・・っ、千夏・・・ごめ……」
ドアを開けた瞬間、目の前には2人の女子・・・言うまでもなく、奈緒とおかんがいた。 奈緒は、ぺたりと床に座り込んで……ぼろぼろ涙をこぼしている。 その背中をさすりながら、おかんは難しい顔をしていた。
「……なお・・・」
視聴覚室に足を踏み入れて、奈緒の名前を呼ぶ。 すると、びくり、と奈緒の肩が動いた。
「……篠崎?」
驚いたようにオレを見るおかん。 なんで分かったの?っていう、当然の言葉を投げかけてくる。
でも、オレは奈緒しか見ていなかった。 ゆっくり、奈緒に向かって足を進める。
「奈緒・・・話、聞いて」
決心はした。 でも、やっぱり怖いんだ。
だから、そう言ったオレの声は、自分でも情けないなって思うくらい震えていた。
「・・・っ、や…」
奈緒は、ぶるんと首を振ると、ずるずると動いて、おかんの影に隠れてしまう。 ……っ。諦めちゃ、ダメだ。
「奈緒・・・お願い。オレ、奈緒のこと失いたくない。ばいばい、したくない……」
「この、まま・・・の関係・・・は、ムリ…」
嗚咽交じりで、奈緒が言う。 このままの、関係? このままの関係は……オレのほうが、ムリだよ。
「お願い、奈緒。オレ・・・もう逃げない。話をさせて」
「うっ、や・・・」
頑なにオレを拒む奈緒。 オレとエッチしてるときだって、奈緒はこんなに泣かない。 ……こんなにぼろぼろに泣く奈緒を、オレははじめて見た。
そんでもって・・・そうさせてるのは、オレなんだよね。
「奈緒・・・話、聞いて?オレ・・・もう、ちゃんとするって決めたんだよ」
うわっ・・・。 また、涙が出てきた。 オレ・・・どれだけ泣き虫なんだろう。……ばかみたいだよ。
「……篠崎、」
と。 黙っていたおかんが、低い声を出した。 ……帰れって、言われちゃうのかな? お前なんか、奈緒の傍にいちゃダメって・・・。
そう思ったけど、おかんの目はオレを責めていなくて・・・。 ただ、まっすぐ見てくる。
「……ちゃんと、するの?」
そして、しばらくの沈黙の後、おかんがオレから視線を逸らさないで、言った。 「ちゃんと」。
紳くんにも言われた。 あずみちゃんにも言われた。 兄貴にも言われた。 譲も・・・言葉は違うけど、たぶん同じようなことを言ってくれた。
「ちゃんと」。 そうだよ、ね。ちゃんと、しなくちゃ。
「ちゃんと、したい。オレ・・・もう逃げないって決めた」
おかんの目を見て、まっすぐそう言う。 すると、おかんはふっと口角を上げた。
「そう。・・・よかった」
にこり、と笑ったおかんは、すっと奈緒の背中に手を伸ばした。 そして、奈緒の脇に手を差し込んで、無理やり奈緒を立たせる。 ……えっ!?
「千夏・・・?」
驚いたような顔をする奈緒に笑いかけると、おかんは、完全に立った奈緒の背中を、とんと押した。
「わっ!」
「奈緒・・・!?」
よろめいた奈緒は、ふらっと揺れて……。 そして、オレの胸元に向かって、つんのめった。
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