「幸せって、なに?」
あずみちゃんが、目に涙を溜めて、話し出した。 でも、その質問はあまりに抽象的で……聞かれていることの意味が分からなくて、オレは首を傾げる。
「幸せ・・・?奈緒ちゃんの幸せを望んで、篠崎くんはほかの子を抱いたの・・・?」
「そ、そういうわけじゃないけど……!」
さすがに、そんなことはない。 ただ、奈緒でいっぱいの自分を落ち着かせるために、奈緒とこういう関係になる前の自分に、戻ってみたんだ。
「ただ・・・!奈緒ばっかりとエッチしてたら、まずいと思ったんだ!オレ、これ以上奈緒に対して黒い感情を抱くのがいやで……!」
「……だから、距離を置こうと思ったの?」
「……距離って、いうか・・・奈緒以外のこと、考えようって……」
「昨日、あたしが紳にタルト持ってきたとき……本当は奈緒ちゃん、直接篠崎くんに自分で作ったの渡そうとしたんだよ?でも……篠崎くん、途中で引き返したから……奈緒ちゃん、忙しいのかもって、紳に代理で渡してもらうことにしたの」
「……だ、って・・・奈緒に会うの、怖くて……」
「壊しちゃうかもしれないから?自分が幸せにできると思わないから?」
ぼろっ、 あずみちゃんの目から、涙がこぼれた。
「おかしいよ!そんなの・・・!!」
「……え?」
「おかしいよっ!!奈緒ちゃんの幸せを決めるのは、篠崎くんじゃない!!」
奈緒の、幸せ?
「奈緒ちゃんの幸せを願うのは、勝手だよ?でも……奈緒ちゃんの本心も聞かないで、自分の気持ちも隠して……そんなの、変だよ!!」
奈緒の、本心? 自分の、気持ち?
「『幸せになってほしい』って、なんで離れるの?なんで不誠実な態度を取るの?」
「だ、だって・・・オレが、奈緒を壊しちゃったら……」
「そもそも、壊すって何!?」
「う、え・・・。だから、奈緒のこと、めちゃくちゃに抱いたり……家に、閉じ込めたくなるの!!人目に触れさせたくなくなるの!!」
「それが奈緒ちゃんの不幸なの!?」
「ふ、不幸じゃん!そんなの・・・!!だったら……オレが、奈緒から離れたほうがいい……」
「…………っっ、!!ばかっ!!!」
「いてっ!!」
なぜか問答を繰り広げるオレとあずみちゃん。 そして、オレがそう言った瞬間、あずみちゃんはげしっとオレのすねをけっとばした。
い、痛いっ!!!
「あ、あずみちゃ・・・」
「だから、なんでそれが奈緒ちゃんにとって不幸だって決め付けるの!!??」
「だ、だって・・・不幸じゃん!」
「そんなの、奈緒ちゃんにしか分かんないでしょ!?奈緒ちゃんが、いつそう言った?それは、壱くんが決めることじゃないの!」
「……う、・・・」
あずみちゃんは、泣きながら言う。
……ああ、でも・・・。 そうなの、かも。
オレ、奈緒の言葉を聞いたかな? 酔った奈緒に『あたしだけを見て』って言われたとき……。 なんだか怖くなって、奈緒の言葉と、自分の気持ちに蓋をした。 あの、奈緒の言葉って……。 『あたしだけを見て』って……。
奈緒の傍にいるのが、怖かったんだ。 だから、ちょっと奈緒から意識を離そうって、思った。 女の子大好きだし、別の子抱いちゃえば、気もまぎれるかもって思ったんだ。
でも、それはオレの独りよがりな発想で……。 奈緒の気持ちなんか、これっぽっちも加味してなかった。 ……むしろ、酔った奈緒のセリフを、半ばなかったことにしようって思っちゃったんだ。
「なんで男の人ってそうなの?『お前の一生を俺で縛り付けたくない』とかって、記憶抜いたり!!あたしが、何を望んでいるかも知らないで!!!」
「……悪かったって・・・」
「むぐっ、」
オレがぼーっとしている最中も、あずみちゃんは怒りが収まらないのか、よく分からない言葉を口にした。 そして、キッと紳くんを睨みつける。 それを見た紳くんは、困ったように笑って、あずみちゃんの口を塞いだ。 それから、オレのほうを見る。
「オレが何を言っても、お前は分からないだろうから……大澤の気持ちを知っているあずみに説教させたんだが……効果は、あったようだな」
紳くんが、ふっと口角を上げる。
「……あ、」
「何をすべきか、分かっただろ?」
「…………オレの気持ち、話す。あと、奈緒の気持ちも……聞く」
そう言うと、紳くんは柔らかく笑った。
「自己完結するな。どちらにせよ、こういうことはお前1人が考えて、決める問題じゃない。大澤の意志が第一だからな」
「う、うん・・・!」
「……篠崎くん?奈緒ちゃんの幸せは、奈緒ちゃんが決めるんだよ?篠崎くんが他の子に手を出すのって、奈緒ちゃんにとっては幸せでもなんでもない気がする」
塞がれた紳くんの手のひらをはずして、あずみちゃんが言った。 ……うん。そうだよね。
「うん。オレ・・・なんか、間違ったみたい……」
「うんっ。……あの、ごめんね?わたし、つい余計なこと・・・それに、蹴っ飛ばしちゃった」
「ガツンときた。……ありがとう」
オレがお礼の言葉を述べると、あずみちゃん眉をちょこっと下げながらこくんと頷いた。
「奈緒・・・話、聞いてくれるかな?」
「誠意を持って話せば、絶対大丈夫!」
「……うん。オレ、奈緒とちゃんと話してみる!」
もう、逃げない。 逃げないで、ちゃんと奈緒に気持ちをぶつけよう。
「……あ、でも・・・」
すぐにでも空き教室を出て、奈緒のところに行こうと思ったんだけど……。 でも、奈緒はどこに行っちゃったんだろう……?
「学校中走り回って、探してみよう・・・」
それしか、ない。 すぐにでも会って、話がしたい。
そう思って足を踏み出そうとした瞬間、紳くんに腕を掴まれた。
驚いて振り返ると、紳くんが片目を瞑って、オレを見ていた。 ……ウインクっすか?かっこいいっすね・・・。
紳くんの突然の行動に驚いていると、紳くんがふっと口を開いた。
「……第3視聴覚室だ」
「え・・・?」
「大澤と笹川は、第3視聴覚室にいる」
そう言うと、紳くんはぱっと腕を話した。 え、えぇぇぇぇえ!!??
「な、なんで知ってるの?」
「……さあな、」
驚いて尋ねると、紳くんは不敵な笑みを見せた。 前から思ってたけど……紳くんって、エスパーかもしれない……。
「早く、行け」
「う、うん!紳くん、あずみちゃん……ありがとね!」
手を振って、空き教室を出る。 ……第3視聴覚室・・・この間、奈緒とエッチしたとこだ。
「奈緒・・・」
オレは、走り出した。
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