あまりのことに、呆然としてしまう。 見知った顔ばかりの体育館。
男・・・とくに、3−Aの男子は、かなりそわそわしていた。 そりゃ、そうか。 五大美女が3人もいるんだもんね。 しかも、仲良しで3人固まってるし……。
「……奈緒・・・」
会いたいって思ってた。 会って、話がしたいって。
でも、実際にその局面に立ったら……なんだか、緊張してしまう。 本当、臆病だなって思うけど、奈緒との関係がぐちゃぐちゃになっちゃうんじゃないかって、怖くて仕方がない。 でもでも、このままじゃいられないから……。 怖いけど、動かなきゃ。
そう思ったオレは、ふうっと息を吐き出すと、体育館を見渡した。 奈緒を、探すため。
「あ・・・」
奈緒は、すぐに見つかった。 もともと特出した容姿な上、あずみちゃんやおかんに囲まれているんだ。 目立つに、決まってるよね。
ここからじゃ、奈緒の後ろ姿しか見えない。 ……顔が、見たい。
オレは、ゆっくり足を踏み出した。 ドキドキしながら、奈緒に向かって歩く。
「五大美女が・・・」 「全員巨乳・・・」 「天使が可愛すぎる」 「おかんも、遠目で見てる分には美人」 「オレはマドンナが好き」
「……っ、」
周囲から聞こえてくる、こんな声。 最後の言葉に、なぜかめちゃくちゃイライラする。 胸倉を掴んで、「奈緒のこと、見るな!」って怒鳴ってやりたい気分になる。
……ああ、また。 心が、真っ黒の感情に支配される。
……たぶん、この気持ちが原因なんだ。 奈緒に向き合えない、一番の原因。
「……篠崎、」
と。 オレは、思考にふけりながらも歩を進めていた。 気がついたら、奈緒のすぐ傍まで近づいていたみたい。
そんなオレに一番最初に気がついたのは、おかんだった。 低い声で、オレの名前を呼ぶ。
それに気がついたのだろう。 あずみちゃんがバッとオレを見た。 次いで……奈緒も。
「な、お・・・」
震える声で、奈緒の名前を呼ぶ。 名前を呼んだ瞬間、俯いていた奈緒の長いまつげが、ぴくりと震えた。
おかんが、ふうっと息をついて、騒ぐギャラリーを制す。 ……言ってなかったけど、オレが奈緒に近づいてるって分かった瞬間、例のごとくD組から「奈緒に近づくなコール」が発せられてたんだ。
「なあに?」
周囲が大人しくなると、奈緒はふわりと笑った。 ……笑っ、た?
「奈緒・・・?」
「どうしたの?」
もう1度、奈緒の名前を呼ぶ。 ……やっぱり。
奈緒は、笑ってない。 いつもの、奈緒の笑顔じゃない。 ……社交辞令みたいな、他人にするみたいな顔。 口角を上げて、目じりを少しだけ下げた、ただそれだけの顔。
「奈緒・・・笑ってよ……」
「?……笑ってるよ?」
困ったように、奈緒が言う。 ……笑ってないよ。笑ってない、奈緒。
「ごめん、奈緒」
「…………」
「ごめん、オレ……。昨日……」
「……ふう、」
やばい、泣きそう……。 震える声で、奈緒に謝罪の言葉を述べる。 でも、奈緒は困ったような顔でオレを見て、ため息をついた。
「奈緒?奈緒・・・あの……」
「壱、はさ、なんか謝るようなこと、したの?」
「……え?」
「奈緒、」と言って、おかんが奈緒の服の裾を引っ張った。 でも、奈緒は小さく首を振って、何かを言いかけたおかんの言葉を制する。
「してないでしょ?」
「し、した!」
「……何を?」
「……な、・・・奈緒じゃない、女の子と……」
奈緒の目は、オレのことを責めていなかった。 ただ、淡々と言葉を連ねる。 責められたほうが、ましだったのに……。
奈緒に問われたことに対して、返事をしようとした。 でも、そこではた、と気がついてしまったんだ。 ……オレ、アケミと寝たことを謝って、どうするんだろう・・・って。
例えば、オレと奈緒が付き合っていたとする。 彼氏、彼女って言う関係だとして……。 それで、オレがアケミと寝たら、それは「浮気」だ。もちろん、謝らなければならないこと。
でも・・・。 オレが奈緒をどう思っていようと、オレと奈緒は幼馴染。 別に、相手を束縛できる間柄じゃ、ないんだ。
別に、オレが誰と寝ようと奈緒には関係ないし、奈緒が……オレ以外のヤツに、抱かれようとも、オレは口出しできる立場じゃない。 オレたちは……そんな、関係なんだ。
|
|