「……壱、」
教室に駆け込んだ瞬間、そばに寄ってきた紳くんに腕を引っ張られた。 そのまま、教室の隅まで連れて行かれる。
……普段、オレから紳くんに飛びつくことはあっても、紳くんがオレを引っ張ることなんてなかったから、めちゃくちゃびっくりした。
「な、なに?なんかあったの?」
慌てて問いかけると、紳くんがじっとオレの顔を見た。 ちょ・・・その整いすぎの顔で見ないでもらえません?緊張しちゃうんで……。
「……お前、昨日何をしていた?」
「・・・え、……っと・・・」
紳くんが、何を思ってこんなことを聞いてきたのかは分からない。 ……あ。昨日、電話したからかな?
でも、この質問はよくない。 ……すげえ、答えにくい。
「えっとー……街に、出てた・・・かな?」
「街?」
「……うん。暇だったから、ふらふらーっと」
「……そうか」
その一言を聞いて、紳くんは手を離した。 その瞬間チャイムが鳴ったから、慌てて席に着いたけど……。
「……なんだったん、だろ?」
口の中で呟いて、机にひじをつく。 先生の話を聞いているうちに、思考は再度奈緒へと移っていた。
……ええっと・・・今日は、1〜2時間目が体育なんだっけ。 そうしたら、10分しかないけど、その間の休み時間に奈緒の教室に行こう。 そんで、ちょっと話をしよう。
本当は今すぐ行きたいんだけど、ね。
先生の話が終わった瞬間、譲が近づいてきた。
「壱、なんか・・・あったか?」
「え?……あー、うん。ちょっと、幼馴染と喧嘩しちゃって・・・」
「マドンナさん?」
「そー。……譲こそ、何かあったの?なんか、ちょっとウキウキしてるね?」
そう問うと、譲は顔を真っ赤にした。 ……うっはー。かわいいな畜生。
「えーっと・・・今週、美姫さんが遊びに、来るんだ」
「……おぉ、」
真っ赤になって言う譲。 譲と女王って、結構ラブラブ?
「よかったねー!」
「・・・ああ、」
頷いた譲が、ふわっと笑った。 普段強面だけど、笑うと和むっつうか、可愛いっつうか……。
「次、体育だね。準備しよー?」
「ああ、そうだな」
体育着に着替えると、同じく着替え終わった紳くんと譲が近づいてきた。 2人に笑いかけて、一緒に体育館に向かって歩き出す。
……歩いている最中、ふうっと息を吐いた。 さっきから、気がつくと奈緒のことを考えてしまう。
体育館に行き際にDクラスの前を通ったから覗いてみたけど、移動教室なのか誰もいなかった。 ……とりあえず、体育を頑張って・・・それで、休み時間に行こう。
寝不足だし、頭ぐるぐるだし……。 なんで、よりによって今日体育かなー?
「今日、合同で球技大会だよ、な?」
……そうだった。 譲に言われて、思い出してしまった。 今日、ほかのクラスとの合同体育で、球技大会なんだっけ。
そんな、勝負事に熱くなってる場合じゃないっつーのっ!!
「……合同、か」
ふう、 紳くんがため息を吐いて、オレの顔を見た。 ……なんだろ?紳くんってば、今日は物思いにふけってるぞ?
「紳くん・・・あずみちゃんと喧嘩でもしたの・・・?」
普段クールな紳くんの感情が動くのは、大体あずみちゃんが原因だ。 あずみちゃんがほかの男に告られると、相手の男を射殺すような形相で睨むし、同じクラスになれなかったって言ってた始業式は、周りがどん引きするくらいの機嫌の悪さだった。 だから今回も、あずみちゃんが原因かと思って尋ねると、紳くんはオレをまっすぐ見た。
「……お前、だろ?」
「え・・・?」
「大事な子に対して、不誠実な態度を取ったのは、お前・・・だろう?」
「……な、ん・・・」
思わず足を止めて、紳くんを見る。 ……え?なんで?なんで紳くん……
「……紳くん、なんでそれ・・・」
紳くんに電話をしたとき、紳くんは「あずみの家にはいない」って言った。 でも、紳くんがオレと奈緒の間に何が起きたのかを知る術は、あずみちゃん経由でしかありえない。 そんで、あずみちゃんは昨日、奈緒と一緒にいた。
……つまり、紳くんは昨日あずみちゃんと何らかの形で接触したってこと。 そんでもって、必然的に奈緒も一緒にいたんだから……。
「……紳くん、奈緒が昨日どこにいたのか知ってた?」
「あずみの家にはいない」って……。嘘だったの?
「嘘はついていない。大澤は、あずみの家には行っていないからな。……あずみの家にいたのは、オレだ」
「え?じゃあ……」
「……大澤は昨日、あずみや笹川と共に、オレの家に泊まった」
「は、はいっ!?」
な、なにそれー!!??
「あずみが来て、『部屋を貸して!』と言われたから……貸した。おそらく、女3人になれる場所が、そこしか考えられなかったんだろう」
言いながら、紳くんがオレの腕を引っ張る。 オレは、紳くんに引きずられるようにして歩きながら、紳くんを睨みつけた。 その様子を見て、譲が慌てているのが分かる。
「なんで・・・?オレ昨日、奈緒のこと探してたんだ!話がしたかったし、会いたかったんだよ!?居場所を知ってるなら、何で黙ってるんだよ!」
「悪いな。昨日の様子を見ている限りでは、大澤はあずみや笹川の傍にいるのが一番いいと判断した」
「でも・・・でもっ!!」
「泣いてたぞ、大澤は」
「泣い、……!?」
奈緒が、泣いてた? 確かに、電話口の奈緒の声は震えてたけど……。
「……お前、昨日街でほかの女を抱いたのか?」
「…………っっ!!」
紳くんが、声のトーンを落としてオレに問いかけた。 朝、紳くんに聞かれたのって……。
「大澤の様子と、お前の昨日の行動を考えれば、それくらいは分かる」
「……あ、」
核心をつかれて、心が震える。 それに……奈緒の様子って・・・。 呆然とするオレに、紳くんが言葉を続けた。
「……俺は、他人の色恋に介入するほど暇じゃない。興味もない。……だが、お前は大事な友人だと思っている。少しは、節介を焼く気にもなる」
「紳、く・・・」
「言っただろう?……鈍すぎると、取り返しのつかないことになると」
それは、兄貴にも言われた言葉。 鈍すぎると・・・? オレは、何に鈍いんだろう?
奈緒の、気持ち? それとも……自分の、気持ち?
「奈緒、は・・・?」
泣きそうになりながら、紳くんに向かって口を開く。 すると、紳くんは目を細めてオレを見た。
「……大澤の様子か?」
「奈緒、泣いてた、の?昨日、そんなにひどい……」
「大澤が気になるなら、自分の目で確かめろ」
え……?
いつの間にか、体育館の前についていた。 紳くんに引きずられるように歩いていたオレは、熱気のこもった体育館の入り口に立つ。
……あ、あれ・・・? 普段は男女は別々だけど、合同体育ってことで2クラス分の男女が勢ぞろいしていた。 見慣れたオレたちのクラスのやつらと……なぜか見知った、もうひとつのクラス。
合同体育。 ……一緒にやるクラスって……。
「球技大会の相手は、Dクラスだ」
紳くんは、言葉を発すると同時にオレから手を離した。 ……こんな偶然、あるんだね。
今日の体育は、奈緒のクラスと合同だったみたい……。
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